コーチングセッション中に、「こんな方法もありますよ」「こうしたらいいんじゃないでうか」とついクライアントに提案したくなってしまう瞬間はありませんか?たとえば、英語の学習法に迷っているクライアントに対して、「文法問題集もいいですよね」「英語の映画も活用できますよ」「こんなアプリもありますよ」と言ってあげたいという気持ち——。このような思考が浮かんだことがあるコーチは少なくないでしょう。相手のために何かしてあげたい、早く解決させてあげたいという思いは、プロとして当然の感情です。しかし、果たして、コーチがクライアントに対して、安易に提案をしてもよいのでしょうか?この記事では、コーチングの根幹をなす考え方とともに、コーチングにおける「コーチの提案」の扱いについて、国際プロコーチかつコーチングスクール代表が、その本質を深掘りして解説します。目次1. コーチは提案をしてもいいのか結論から言うと、コーチングにおいてコーチが解決策を提示することは、基本的に推奨されません。この考え方は、世界最大のコーチング組織であるICF(国際コーチング連盟)によっても示されているものです。なぜなら、コーチングはあくまでもクライアントが主体となるプロセスだからです。「どう解決していくか」「どう成長していくか」を最もよく理解し、最適な答えを持っているのは、他でもないクライアント自身です。コーチが安易に解決策を差し出すという行為は、クライアントが自ら考え、行動する主体性を奪うことにつながってしまいます。これは、コーチングの最も重要な原則に反する行為と言えるでしょう。さらに、解決策を提示するという視点に立つということは、「クライアントの課題にコーチが深く入り込み、あたかも自分のことのように感じてしまっている」とも言い換えられます。これは、コーチとクライアントが対等な立場で対話を進めるという、コーチングの原則から逸脱してしまい、クライアントの中に答えが必ずある、という基本精神からも外れてしまった状態です。もちろん、クライアントから「具体的なアドバイスが欲しい」と直接求められる場面もあるかもしれません。しかし、そのような場合ですら、まず大切なのは、クライアント自身が視野を広げ、自らの内側から解決策を見つけ出せるよう、丁寧にサポートしていくという視点です。コーチは答えを与えるのではなく、クライアントが自主的に自分の中から答えを見つける過程を支援するための伴走者であるべきなのです。2. コーチが提案したい心理とはコーチが解決策を提示してしまう背景には、多くの場合、「少しでもクライアントの助けになりたい」「困難や苦しみから早く解放してあげたい」という強い思いがあります。これは、クライアントを心から大切に思う、非常に真摯で誠実な気持ちです。コーチという仕事に臨む上で、共感力や相手への配慮は欠かせない大切な要素であることは間違いありません。しかし、この「解決してあげたい」という気持ちこそが、課題の主体性という重要な視点に影響を与えてしまうことがあります。解決すべき課題は、あくまでクライアント自身のものです。コーチの課題ではありません。この考え方を「課題の分離」とも言います。この課題の分離ができず、コーチがクライアントの課題をまるで自分の課題であるかのように主体的に深く入り込み、「自分が解決してあげよう」というスタンスに偏ってしまう、これが一番の危うい提案状況です。こうなってしまうと、クライアントは自分の課題をコーチと共有する感覚に陥り、時には、クライアントの課題ではなく、コーチの課題にすり替わってしまいます。その結果、クライアントは、自律的に、自分自身の課題に対する答えにたどり着くという成長プロセスが阻害されてしまうのです。これはとても危険な状態といえるでしょう。だからこそ、プロのコーチに求められているのは、「解決策を提示してあげたい」という衝動をグッとこらえ、クライアントの内なる力、潜在的な可能性を信じて寄り添うという姿勢です。コーチの役割は、クライアントが自ら考え、行動する力を引き出すことです。この「自分の課題に完全に向き合い、自分自身の力に気づく」という体験こそが、クライアントの真の成長と自己肯定感につながるのです。3. 提案したくなった時の対応策とは?では、具体的に「何か提案したい」という気持ちが湧いてきた時、コーチとしてどうすればよいのでしょうか。それは、「質問」をうまく活用することです。提案するのではなく、クライアントが自ら視野を広げ、自分自身の答えにたどり着くように促す視点に立ち返りましょう。具体的な質問の例をいくつかご紹介します。「もし〇〇さん(クライアントが尊敬している人など)だったら、この状況でどう行動すると思いますか?」「最もうまくいった理想の未来を想像してみてください。その未来にたどり着いたとしたら、どのようにしてそこにたどり着いたと思いますか?」「これまで過去に似たような課題を乗り越えた経験はありますか?その時、どのような工夫をしましたか?」「もし時間や予算に制限がないとしたら、他に試してみたい方法はありますか?」このように、多角的な視点から問いかけることで、クライアントは自分の内側にある考えや未踏の可能性に気づくことができます。コーチが一方的に答えを与えるのではなく、このような伴走を通じてクライアントの主体性や、自律的に課題を解決する力を育んでいくことが、コーチングの本質です。ここで、いかに多角的で、クライアントの視野を広げる問いができるかが、コーチの力量を示すといっても過言ではないでしょう。4. コーチとしてあるべき心構えとはコーチングの真髄は、クライアント自身が安心して、自分の内にある解決策や可能性に気づくというプロセスそのものにあります。適切な質問を投げかけ、クライアントに深く考えを促すという視点で伴走していくことで、クライアントは「他者に答えを委ねる」のではなく、「自己の内から答えを見つけ出す」という主体的な経験を積み重ねるようになります。この主体性こそが、クライアントの真の変化につながるのです。コーチに言われたからではなく、「よし、自分で動き出してみよう」とクライアント自身が確信して初めて、行動は伴います。そして、その行動から得られた成功体験が、さらに次の行動へとつながるのです。だからこそ、コーチは安易に解決策を差し出すのではなく、クライアントが安心してじっくりと考え、自分自身の最善の一歩を見つけられるよう、心の安全基地として寄り添うという姿勢を大切にしたいものです。5.コーチングによってクライアントに起きる変化とはなお、提案をせずにクライアントの思考を広げるようなコーチングを何度も重ねていくと、実際にクラアイントの変化が感じられることがよくあります。具体的には、クライアントがコーチに対して何らかの「正解」や「答え」を求める発言自体が目に見えて減っていきます。これは、適切なコーチの関わりによって、クライアントが変化したことの表れです。ここで起きているクライアントの変化とは次のようなものです。・コーチ(第三者)から答えをもらおうとするのではなく・自ら考えて内省を試みるようになる・自分自身の中にある別の声や考え方に耳を傾けられるようになる・自分の中の葛藤を、言語化できるようになる・自分自身が本当に望んでいることが見えるようになる・望むことと、それに向かうにあたっての不安や恐れも言語化できる・言語化した不安や恐れにどう向き合うか、落ち着いて考えられるようになる・自分のあり方を振り返り、受け止めて、これからの自分を大切に思える・自分の心やありたい状態(ウェルビーイング)に従って決断することを受け入れるこうしたクライアントの変化が起きるのは、コーチが、自分の意見を提案することなく、根気強く、相手に問いを立て、内省を大切にしてきた結果とも言えます。逆に、コーチ側がクライアントから問われた時に、安易に答えや提案をし続けると、クライアントは、コーチングとはそういうものなのだと誤った学習をしてしまい、主体的に考える姿勢を失ってしまいます。これはコーチングで最もやってはいけないことです。コーチングは、相手の成長や幸せの構築のために行うもであることを、コーチ側はよくよく認識して実践していきましょう。6.まとめコーチングにおいて、コーチがクライアントに具体的な解決策を提案することは、基本的に推奨されません。これは、ICF(国際コーチング連盟)も推奨するコーチングの根幹をなす考え方であり、コーチングがクライアントの主体性を最大限に尊重する対話形式だからです。クライアント自身が「どう解決していくか」「どう成長していくか」を最もよく理解しており、コーチが解決策を提示することは、その主体性を奪うことにつながります。コーチが「提案したい」と感じた時は、「質問」を効果的に活用し、クライアントが自らの力で視野を広げ、本当にありたい状態(クライアントにとってのウェルビーイング)に向けた一歩を見つけられるように伴走することが重要です。コーチングの意義は、クライアントが安心して、自分自身の内にある答えに気づくという貴重な経験をサポートすること、ひいてはクライアントの心豊かで幸せな人生の構築を支えることにあります。コーチは、答えを教える人ではなく、適切な質問を投げかけ、クライアントの主体的な成長と幸せを促す存在なのです。ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジは、「ウェルビーイング」を冠する日本で唯一のICF認定コーチング講座を提供しています。アカデミックな視点から本格的なウェルビーイングコーチングを学びたい方におすすめです。あなたは、コーチングを受けることで、どのような変化を体験したいですか?当カレッジの次期ベーシッククラスの開講(2025年9月スタート)にあたり、プログラム詳細を案内する無料説明会も実施中です。説明会参加者様だけの受講費用1万円割引特典もご用意しています。お気軽にご参加いただければ幸いです。説明会はこちらからお申込みいただけます。最終更新 2025年8月6日監修者プロフィール中原阿里:ICF国際コーチング連盟プロフェッショナルサーティファイドコーチ(PCC)、弁護士、公認心理師、上級心理カウンセラー、ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジ代表、CLARIS法律事務所代表弁護士。奈良女子大学英文科英語英文学科卒業、関西学院大学大学院司法研究科修了、米国イェール大学Science of Well-Being Course修了。弁護士として活動しつつ、2019年ウェルビーイングのためのアカデミックなコーチングスクール「ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジ」を設立。創立以来講師を務め多くのコーチを育成しながら、上場企業からNPO法人、大学、裁判所まで幅広い対象にコーチング研修を提供。現役の弁護士かつプロコーチとしても多数のクライアントを支援する。著書に「弁護士業務の視点が変わる!実践ケースでわかる依頼者との対話42例 コーチングの基本と対応スキル」(日本加除出版)など。■関連記事・ICFコーチング資格の難易度比較|ACC・PCC・MCCの取得要件と実践のポイント・【2025年】国際コーチング資格取得について:特徴や選び方をまとめて解説・コーチングとは?効果や意味、メリット、学び方をプロコーチがくわしく解説・ー2025年版ー【プロコーチが選ぶ】コーチングの学びにおすすめ本7冊と効果的な学び方とは・【コーチングの質問とは?】質問の具体例をまとめた保存版リスト 避けるべきも紹介・コーチングの効果的な勉強法は?学び方やおすすめのスクールの選び方について■人気記事・【GROWモデルとは?】コーチングの質問の型とすぐに使える具体的な質問例もあわせて紹介・【コーチングの承認とは?】人の成長を促すスキルを3つの効果と注意点をあわせて紹介・コーチングの学びに自己理解が大切な理由とは?重要性と方法を解説