コーチングといえば、質問のスキルが重要ですが、実は、質問だけを繰り返しても、コーチングの効果は十分には得られません。質問を効果的に行うためには、傾聴がしっかりとできていることが前提になるからです。本記事では、コーチングスキルにおける質問と傾聴の関係や、傾聴の効果、具体的な傾聴方法、やっていけない具体例まで、プロコーチが詳しく解説します。1. コーチングの代表的なスキル-質問-コーチングにおける代表的なスキルのひとつは質問です。コーチがさまざまな質問を投げかけることでクライアントの思考が広がり、これまで考えたことがないようなことまで気づきが広がるのです。このように、クライアントが既存の認識の枠を飛び出し、自発的に解決策や行動を見つけていく成長過程こそがコーチングそのものですから、質問は、とても重要な意味を持っています。なお、コーチングについての詳しい説明は、下記の記事をご覧ください。コーチングとは?効果や意味、メリット、学び方をプロコーチがくわしく解説2. コーチングスキルー傾聴と質問の関係ーただし、質問の効果を高めるには、傾聴が欠かせません。傾聴ができていない状態で質問を重ねると、逆にコーチングの効果は下がってしまいます。では、そもそも傾聴はいったいどんなものなのでしょうか。3. 傾聴の意味とコーチングにおける目的とは(1)一般的な傾聴一般的に傾聴とは、相手の話に興味を持ち、共感を示しながら話を聴くことです。日常的なコミュニケーションや人間関係で、主に、聴き手が相手の話の内容をよく理解するため、また、相手に安心をもたらすために行います。なお、傾聴は、経済産業省が掲げる「人生100年時代の社会人基礎力」で「社会人基礎力の1つ」にもあがっています。職場の上司部下の関係や、同僚の間でも欠かせないコミュニケーション手法の1つでもあります。(2)コーチングにおける傾聴の目的コーチングにおける傾聴は、上記に加え、相手の話の内容を確認するだけではなく、言葉の背後にある思いや感情に寄り添うことを重視します。コーチがクライアントの価値観や感情に深く耳を傾けることで、クライアント自身が、内面を掘り下げて洞察を得ること、目標に向けて一歩を踏み出す勇気を支援することまでを目的としています。4. 傾聴がもたらす4つの効果一般的にも、コミュニケーションにおける傾聴は大事だとよく言われますが、それには理由があります。傾聴には実にさまざまな効果があるのです。(1)安心・信頼関係の形成効果話を聴くことで、相手に安心感が生まれます。話を聴くということは、相手の言葉だけでなく、深い思いやその背景、本当に伝えたいことまで理解しようとすることです。傾聴が十分にできれば、相手に、自分を受け入れてもらえた、尊重してもらえた、という感覚が生まれ、これが安心感と信頼の基盤を生み出します。人は常に他者に自分を受け入れてもらうことを求めているのです。(2)カタルシス効果不安や悩みを抱えている時、人に聴いてもらったことで気持ちが落ち着いたという経験を持つ人は多いでしょう。否定されずに聞いてもらったことで気持ちがすっきりしたり、心が軽くなるような状態です。これは、心理学的にカタルシス(catharsis浄化)効果と呼ばれ、傾聴がもたらす重要な効果です。(3)自己肯定感・自己効力感の向上自己肯定感とは、ありのままの自分を受け入れ、自分にOKを出せる感覚です。一方、自己効力感とは、何かに対して「自分にもできる」と思える感覚です。自己肯定感、自己効力感が低いと、どちらの場合でも一歩が踏み出せず、悩みが深まり、チャレンジや達成が難しくなります。そんな時でも、傾聴を使って、相手を否定せず、心情に共感しながら聴くと、相手には今のありのままの自分で受け止めてもらえる自分の話を大切に聴いてくれる人がいる自分の気持ちが理解されているという感覚が生まれます。これが、自分を受け入れOKを出せる自己肯定感につながります。また、自信がない時でも、自分のやりたいことを誰かに聴いてもらえると自分にもできるかもしれない少しずつでもやってみようかなといった気持ちが生まれやすくなります。傾聴には、自己肯定感や自己効力感を高める効果があります。その結果として、目標達成に近づいていくエネルギーが生まれるのです。(4)相手に自分の内面を話し続ける勇気が生まれる自分の内面や気持ちを他人に話すことは、もともと勇気が要ることです。勇気をもって気持ちを話したときに相手に否定されると、誰もその先を話す気にはなれないでしょう。傾聴は、人が内面の気持ちを話し続ける勇気を生み出す力を持っているのです。話を聞くこと自体が、相手を承認することだとも言えます。このように、傾聴には人を支える絶大な効果があります。5. 傾聴がない質問の問題点とは絶大な効果を持つ傾聴は、コーチングでも欠かすことができません。傾聴がなければ、重要スキルである質問も機能しないからです。むしろ、傾聴がない状態で質問を重ねると、逆効果になります。では、なぜ、傾聴が無い質問には問題があるのでしょうか。その理由は主に5つです。(1)安心感がないため十分に思考できない人は安心感のない状態で、十分に考えることはできません。誰しも、緊張や警戒心がある状態では、自分の内面に集中することさえ難しいでしょう。つまり、傾聴がなければ、クライアントの思考自体が進ないのです。(2)攻められている感覚になる傾聴しないままどんどん質問をすると、クライアントには攻められているような感覚が生まれてしまいます。これでは、「質問が尋問」になってしまい、うまく機能しません。(3)コーチとの信頼関係が築けない人は、信頼していない相手に自分の本心や内面を話しません。たとえ、クライアントの中になにか明確な気づきが生まれていたとしても、傾聴のない相手は信頼できず、自分の気づきや本心を伝える気にはなれないのです。(4)コーチの質問が生まれないクライアントが自分の気づきを話してくれなければ、コーチは相手に合わせた質問ができません。コーチングの質問は、最初から用意されているものではなく、セッションでクライアントが語った言葉をヒントとして生まれるものです。そのため、クライアントが自分の気づきや思いを語ってくれなければ、コーチはその場で質問を生み出すことができないのです。また、傾聴がない状態でコーチが出す質問は、おそらくクライアントにとっては意味がないものでしょう。6. 傾聴がない質問のリスクとはこのように、傾聴ができていない状態での質問は、クライアントが考える力を引き出すことができず、結果として、コーチングの効果を大きく損なってしまいます。特に、クライアントの感情を深堀りするような質問では、信頼関係に大きなひびが入るリスクもあります。コーチは、傾聴についてよく理解し、質問を繰り出す前に、クライアントの話に心からの関心をもち、真剣に耳を傾けましょう。7. 傾聴の理解に必要な知識とは(1)カール・ロジャースの傾聴の定義米国の心理学者でカウンセリング大家カール・ロジャーズ(Carl Rogers)は傾聴について重要な概念を提唱しました。ロジャーズは、傾聴は相手の話に共感しながら相手を無条件に肯定し(相手の話を自分の基準で評価判断せず、その背景に思いを寄せ)自己一致した(わからないことや違和感があればそれを押し殺さず表現する)状態で聴くことが重要だと述べています。これは、傾聴の基本的な概念として学術的にも広く受け入れられています。コーチにとっても大いに参考となるものとして知っておきましょう。(2)ノンバーバルコミュニケーション「ノンバーバル・コミュニケーション」(non-verbal communication)とは、セリフの言葉以外の、非言語的なコミュニケーションのことです。セリフの言葉によるやりとりをバーバル・コミュニケーションと呼ぶのに対し、表情やジェスチャー、声の大きさや声色など言語情報以外のやり取りを「ノンバーバル・コミュニケーション」と呼びます。ノンバーバル・コミュニケーションの重要性といえは、アメリカの心理学者、アルバート・メラビアンが1971年提唱した「メラビアンの法則」です。これによると、話し手の印象は言語情報以外の情報(ノンバーバルメッセージ)で、なんと9割以上が決定されるというのです。● 視覚情報(表情、アイコンタクト、姿勢、ボディランゲージ、服装など) ・・・55%● 聴覚情報(声、声色や大きさ、話のテンポや抑揚など) ・・・38%● 言語情報(セリフ言葉そのものの意味内容) ・・・ 7%コーチングでも、クライアントが発する言葉、つまりバーバルメッセージだけでなく、ノンバーバルメッセージもしっかり受け止めましょう。また、コーチ側が発するノンバーバルメッセージにも留意する必要があります。8. 傾聴を実践する方法!7つのスキル(1)視線・姿勢視線が外れていると、相手に、自分は尊重されていないと感じさせてしまいます。相手に目線を向けて、背筋をしなやかに伸ばした姿勢で相手に向き合いましょう。スマホを片手に持った姿勢などは、もちろん正しい傾聴姿勢とは言えません。(2)表情表情は、自分が気づかないうちに、相手にたくさんのメッセージを伝えています。セッション中は、相手の気持ちがほぐれるような柔らかい表情を維持するように心がけましょう。(3)うなずき・相槌うなずくことは、相手に大きな安心感を与えます。コーチングではクライアントの内なる思いを語ってもらうことも多いものです。その時に、頷きをもって聴くことでクライアントはより安心して自分の思いを話すことができます。また、「はい」「そうだったんですね」ど、相手に聞こえる相づちも重要です。相槌は「あなたの話をもっと聞きたい」というメッセージです。コーチは、うなずきと相槌をバランスよく出していきましょう。(4)ペーシング・ミラーリング話すペースや声のボリュームを相手に合わせることをペーシングといいます。また、相手の表情や姿勢、身体の動きなどにしっかり対応して合わせることをミラーリングと言います。いずれも相手に共感を示し、好感を生むコミュニケーションです。(5)バックトラック・要約相手の話を聴いて、その一部を繰り返すことをバックトラックと言います。要約は、話の要点を短くまとめることで、伝え返しとも言います。バックトラックや要約は、自分の話を正しく理解された感覚が生まれると同時に、クライアントの思考の整理につながるメリットがあります。キーワードやクライアントの感情が反映された言葉を選ぶことが、バックトラックや要約のコツです。(6)沈黙を活かすコーチングでは、沈黙は悪いことではありません。むしろ沈黙の最中にこそ、クライアントが自分の思考を深め、内省や洞察を進めている可能性があります。沈黙が続くと、ついつい沈黙を破りたくなりますが、沈黙を必要以上に恐れず、クライアントを急かすことなく、「ゆっくり考えていいですよ」などと伝えて、沈黙を活かすのが傾聴の成功への鍵です。9. 傾聴でやってはいけない具体例(1)否定する否定とは、相手の話やその前提にある考え方に否定的な意見を述べることです。否定の具体例それは違うと思うよやめておいた方がいいなんでそんな発想になるの?否定されると、相手は自分の価値感や存在そのものを否定されたように感じ、それ以上話すことができなくなります。(2)遮る遮るとは、相手の話を途中で止めることです。自分の意見を述べるために遮る場合や、内容を再度説明させるために、こちらの聞きたいことを言わせることも、遮る行為に当たります。ちょっと待って、それは違うんじゃないかないま、なんて言った?もう一回言ってみてまた、相手の発言にかぶせるように話すことも遮る行為に当たります。いずれも、相手が話す機会を奪うもので、傾聴ではやっていけない態度です。(3)自分の話や一般論に置き換える私もそういう経験ありますよ。その時は・・・。それって日本人にあるあるですよね。みんなそう考えるんじゃないですか?傾聴は、あくまでクライアントの内面に耳を傾けて思考を広げることが目的です。自分の話や一般論に置き換えてしまう展開は、コーチングの傾聴ではNGです。(4)アドバイスするこうしたらうまくいきますよ○のアイデアはどう?まずは、●から始めると良いでしょうアドバイスは指導的な関わりは、相手の思考や自発性を止めてしまう可能性があるため、傾聴では禁物です。なお、アドバイスしがちな人は、コーチングよりもコンサルティング的な傾向が強いかもしれません。コーチングとコンサルティングの違いは、「コンサルティング、コーチング、カウンセリング、ティーチングの違いとは?プロコーチが徹底解説 」の記事で解説していますので、よければ参考にしてみてください。これらはいずれも、クライアントの思考や対話を止めると共に、信頼関係を危うくするもので、傾聴ではNG行為です。この状態でコーチが質問をしても、クライアントの心には響かず、気づきも生まれないでしょう。こうした態度を手放して、しっかりとクライアントを受け止め、共感的なリスニングを心がけましょう。10. 傾聴と質問は対人関係に必須のスキル自分の話を聴いてもらうことで、人は安心して内省ができ、それを言葉にすることもできます。その言葉をとらえて自然な質問を行うと、新たな気づきや自分なりの答えが生まれます。この繰り返しの中で、自己肯定感や自己効力感があがり、ゴールに向けて新しい一歩を踏み出す力になっていきます。この連鎖こそが相手をサポートする良いコーチングセッションです。また、傾聴と質問を両輪で使えるようになると、普段の表面的な会話のレベルが上がり、深い対話に変化していきます。深い対話ができると相手との強い信頼関係が生まれ、つまり、対人関係が豊かにアップデートされていきます。傾聴と質問の両輪は、人生全体を豊かに幸せにする強力なスキルと言えるでしょう。10. コーチングにおける傾聴のまとめ本記事では、傾聴の効果から、質問と傾聴の関係、具体的な方法、やっていけない具体例などをお伝えしました。傾聴と質問は、コーチングはもちろん対人コミュニケーション全てをアップデートする強力なスキルです。個人との関係でも、会社などの集団の場でも、ぜひ、傾聴と質問が両輪で活用できるよう、記事で紹介したポイントを意識して実践してみてください。実践後には、周りからフィードバックをもらうのもお勧めです。また、傾聴と質問の能力をしっかり身に着けるためにはコーチングスクールでの学びも役に立ちます。ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジでは、傾聴や質問について、詳しい実践的な知見をお伝えし、高いスキルを習得できる講座を提供しています。またコーチングに関する国際認定資格を取得できるプログラムもあります。組織のリーダーとして活躍する方、人材育成に携わる方にもお勧めです。質の高い傾聴と質問の両輪を学びたい方は、ぜひウェルビーイングコーチングプログラムのページもご覧ください。著者プロフィール中原阿里:ICF国際コーチング連盟プロフェッショナルサーティファイドコーチ(PCC)、弁護士、公認心理師、上級心理カウンセラー、ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジ代表、CLARIS法律事務所代表弁護士、法務博士。奈良女子大学英文科英語英文学科卒業、関西学院大学大学院司法研究科修了、米国イェール大学Science of Well-Being Course修了。弁護士として活動しつつ、2019年ウェルビーイングのためのアカデミックなコーチングスクール「ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジ」を設立。創立以来講師を務め多くのコーチを育成しながら、上場企業からNPO法人、大学、裁判所まで幅広い対象にコーチング研修を提供。現役の弁護士かつプロコーチとしても多数のクライアントを支援する。著書に「弁護士業務の視点が変わる!実践ケースでわかる依頼者との対話42例 コーチングの基本と対応スキル」(日本加除出版) など。2025年2月11日 最終更新■関連記事・コーチングとは?効果や意味、メリット、学び方をプロコーチがくわしく解説・コンサルティング、コーチング、カウンセリング、ティーチングの違いとは?プロコーチが徹底解説・【GROWモデルとは?】コーチングの質問の型とすぐに使える具体的な質問例もあわせて紹介・【コーチングの質問とは?】質問の具体例をまとめた保存版リスト 避けるべきも紹介・質問の価値を高めるコーチングスキル傾聴とは?NG例もあわせて徹底解説■人気記事・マネジメントに必須のコーチングスキルとは?ー習得のメリットと方法をコーチが解説ー・ー2025年版ー【プロコーチが選ぶ】コーチングの学びにおすすめ本7冊と効果的な学び方とは・コーチングの効果的な勉強法は?学び方やおすすめのスクールの選び方について・コーチングの学びに自己理解が大切な理由とは?重要性と方法を解説・コーチングを学ぶ最適の方法は?自分にあう学習法やスクールの選び方を紹介