コーチとして、コーチングセッションを進める中で、「あれ?今なにを話しているんだっけ…」「クライアントの話を聴いているけれど、次は何を聞けばいいのか分からない……」と、まるで霧の中に迷い込んだような感覚に陥ったことはありませんか? クライアントは話し続けているのに、自分は話についていけていないような焦りを感じる。私たちはこの状態を“コーチ迷子現象”と呼んでいます。この現象は、コーチングを学び始めたばかりの方や経験が浅い方によく見られるものですが、実は経験豊富なベテランコーチであっても、油断すると陥ることがあります。セッション中に方向感覚を失うと、コーチとしての自信も揺らぎかねません。そればかりか、クライアントが本当に求めている変化を引き出すことも難しくなってしまいます。そこで今回は、この「コーチ迷子現象」がなぜ起きるのかを丁寧にひもとき、そこから抜け出すための具体的なアプローチであるテーマ設定の重要性について、実践的な視点から掘り下げていきます。質の高いコーチングセッションを提供するために、ぜひ最後までお読みください。1. セッション中に迷子になってしまう原因コーチングセッションで迷子になる一番の原因は、テーマ設定が曖昧なまま進行していることにあります。テーマ設定は、コーチングにおいて最初に取り組む非常に重要なプロセスです。例えるなら、これは航海の「出発地」と「目的地」を確認する作業であり、その間の「地図とコンパス」を整えるようなものです。この準備ができていないまま船を出してしまうと、目的地にたどり着くどころか、どこに向かっているのかさえ分からなくなってしまいます。しかし、クライアントがコーチングセッションの冒頭で語るテーマは、たいてい感情と状況が混ざり合った漠然としたものであることが多いのです。たとえば、「最近、人間関係にモヤモヤしてて……」という言葉。これはクライアントのリアルな悩みの表現であり、決して嘘ではありません。しかし、このまま「じゃあ、そのことについて話しましょう」と深掘りしてしまうと、話題が広がりすぎて焦点が定まらなくなります。会話は進んでいるように見えても、実際には「何について深めているのか」が見えにくくなり、コーチングセッションの終盤で「で、何がテーマだったっけ?」となることも少なくありません。つまり、出発したのはいいけれど、どこに向かっているのか分からないまま航海しているような状態——それが「コーチ迷子現象」なのです。この曖昧なテーマは、結果的にコーチングセッションの質を低下させ、クライアントの満足度にも影響を与えかねません。2.「テーマ具体化」のステップでは、どうすればコーチングセッションのテーマを具体的にできるのでしょうか。ここでは、コーチングセッションの冒頭で意識したい「テーマ具体化」のステップを3つに整理してご紹介します。これらのステップを踏むことで、コーチ自身もクライアントも、安心して対話に集中できるようになります。ステップ①:「その言葉の中身を一緒にたしかめる」クライアントが語る最初の言葉を鵜呑みにせず、「その言葉が指している具体的な内容は何か?」を一緒に探ります。これは、クライアントの漠然とした感情や状況の裏にある、本当に扱いたいことを見つけるための第一歩です。クライアント:「職場の人間関係に悩んでいて……」コーチ:「どんな場面で特にそう感じましたか?」コーチ:「具体的に、誰との関係でモヤモヤしていますか? あるいは、どんな出来事が気になっていますか?」このように問いかけることで、クライアント自身の内側にある「本当に扱いたいテーマ」が少しずつ姿を現します。まるで、霧が少しずつ晴れていくように、テーマの輪郭が見えてくるでしょう。具体的なテーマを掘り起こすきっかけにもなります。ステップ②:「具体的な場面や人物にフォーカスする」抽象的な「人間関係」や「不安」といった表現ではなく、いつ・誰と・どのような場面で何があったのかといった具体的なエピソードに焦点を当てることが重要です。具体的な情報にフォーカスすることで、対話の精度が格段に上がります。クライアント:「実は鈴木さんと意見がぶつかっていて……」クライアント:「部長に言いたいことがいつも伝えられないんです」このように特定の人物や具体的な場面が見えてくると、テーマは一気に輪郭を持ち、コーチもクライアントもその話題に集中しやすくなります。これにより、深掘りすべきポイントが明確になり、無駄な回り道をすることなく本質的な対話へと進めます。ステップ③:「今日のセッションで、どこまで扱いたいか」を確認する具体的なテーマが見えてきたら、「では、今日はその中でもどこまでを扱いたいですか?」と確認することで、コーチングセッションの範囲と目的が明確になります。この「どこまで?」の視点は、セッションの過不足を防ぎ、限られた時間内に焦点を絞って扱う上で非常に効果的です。このステップを踏むことで、コーチはセッションのゴール設定が明確になり、クライアントもセッションの目的意識を持って臨むことができます。結果として、より生産的で充実したコーチングセッションが実現します。このように、丁寧に具体化のステップを踏むことで、コーチングセッションの焦点がはっきりし、コーチが迷子になるリスクが大幅に減少します。さらに、クライアントも自分の本当の課題に向き合いやすくなり、セッションの深さと満足度がぐっと高まるのです。3. テーマ具体化がもたらす3つの効果テーマを具体化することで、コーチングセッションにはさまざまな好影響が生まれます。ここでは特に大きな3つの効果をご紹介します。コーチングスクールで学ぶスキルの中でも、テーマ設定の具体化はコーチングセッションの質を格段に安定させ、深めるための要となります。ここでは、テーマを具体化することで得られる代表的な3つの効果をご紹介します。これらの効果を理解することで、なぜテーマ設定が重要なのかがより明確になるでしょう。① セッションの軸が明確になるテーマ設定が明確になると、話が多少あちこちに広がったとしても、「何について話しているのか」という“軸”がブレなくなります。これは、まるで羅針盤があることで、嵐の中を進んでも方向を見失わないのと同じです。脱線しても自然に中心テーマに戻ってこられるため、コーチもクライアントも安心して対話を進めることができます。特に、オンラインでのコーチングセッションでは、対面と比較して話の流れが曖昧になりやすいため、明確なテーマの設定が安心感を高め、集中力を維持する上で非常に重要です。軸が明確であれば、クライアントは安心して自分の内面を深掘りできるため、より深い気づきにつながります。② クライアントの思考が整理され、内省が深まる具体的なテーマに焦点を当てると、クライアント自身も「自分は何に引っかかっていたのか」「本当に何について話したいのか」に気づきやすくなります。これは、抽象的な感情や状況を具体的な言葉にすることで、思考の整理を助け、内省を深めることに大きく貢献します。抽象的なままでは、話している途中でクライアント自身も混乱してしまうことがあります。しかし、テーマ設定の具体化は、そうした混乱を未然に防ぎ、「本当に扱いたいこと」に意識を集中させる手助けになります。思考が整理されることで、クライアントは自分自身をより深く理解し、問題の本質にたどり着きやすくなります。③ 気づきと行動への橋渡しがスムーズになる具体化されたテーマは、「気づき」と「次の行動」を結びつけやすくします。コーチングセッションの終盤で、「この気づきを、日常のどこに活かせそうですか?」「今日の話を踏まえて、具体的に何をしてみたいですか?」と問いかけたとき、テーマが明確であればあるほど、クライアントの答えも現実的で行動に直結しやすくなるのです。例えば、「人間関係のモヤモヤ」という抽象的なテーマでは、行動への落とし込みが難しいでしょう。しかし、「部長に自分の意見を伝える」という具体的なテーマであれば、「明日の会議で、部長に自分の意見を伝えるために、まずは伝えたい内容を簡潔にまとめる」といった具体的な行動につながりやすくなります。このように、具体的なテーマ設定は、コーチングセッションの成果を最大化し、クライアントの具体的な行動変容を促進する上で不可欠な要素です。4. まとめ:テーマ設定は具体的にコーチングセッションにおいて、「コーチ迷子現象」は誰もが一度は経験するものです。それは、コーチとして未熟だからではなく、テーマ設定が曖昧なまま進んでしまうことに原因があります。この現象を乗り越えることは、コーチとしてのスキルアップに繋がり、より質の高いコーチングセッションを提供するために不可欠です。そして、その対策は意外とシンプルです。クライアントの言葉にもう一歩踏み込み、「それはどういうこと?」「具体的には?」と、丁寧に問いかけること。そうすることで、クライアント自身も自分の内面をより深く見つめ直し、本当に話したいことに気づいていきます。テーマ設定の具体化は、特別なスキルではありません。日々のコーチングセッションにおける、小さな問いかけの積み重ねです。意識するのは、「解像度を上げる」という感覚。コーチがクライアントと共にテーマの輪郭を丁寧に整えていくこと。それは、コーチングセッションの質を高めるだけでなく、クライアントの内省や行動変容を引き出す、何よりの力になります。「テーマの具体化」は、特別なテクニックではなく、シンプルな問いかけの積み重ね。ぜひ次のコーチングセッションから、テーマ設定の「ちょっとした丁寧さ」を意識してみてください。それだけで、対話の景色が大きく変わるはずです。そして、クライアントの人生に確かなウェルビーイングの変化をもたらす、質の高いコーチングが展開されるはずです。当カレッジのプログラム詳細を案内する無料説明会も実施中です。説明会参加者様だけの受講費用割引特典もご用意しています。お気軽にご参加ください。説明会はこちらからお申込みいただけます。最終更新 2025年6月8日監修者プロフィール中原阿里:ICF国際コーチング連盟プロフェッショナルサーティファイドコーチ(PCC)、弁護士、公認心理師、上級心理カウンセラー、ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジ代表、CLARIS法律事務所代表弁護士、法務博士。奈良女子大学英文科英語英文学科卒業、関西学院大学大学院司法研究科修了、米国イェール大学Science of Well-Being Course修了。弁護士として活動しつつ、2019年ウェルビーイングのためのアカデミックなコーチングスクール「ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジ」を設立。創立以来講師を務め多くのコーチを育成しながら、上場企業からNPO法人、大学、裁判所まで幅広い対象にコーチング研修を提供。現役の弁護士かつプロコーチとしても多数のクライアントを支援する。著書に「弁護士業務の視点が変わる!実践ケースでわかる依頼者との対話42例 コーチングの基本と対応スキル」(日本加除出版)など。■関連記事・コーチングとは?効果や意味、メリット、学び方をプロコーチがくわしく解説・コーチングの学びに自己理解が大切な理由とは?重要性と方法を解説・【コーチングの質問とは?】質問の具体例をまとめた保存版リスト|避けるべき例も紹介■人気記事・【GROWモデルとは?】コーチングの質問の型とすぐに使える具体的な質問例もあわせて紹介・ICFコーチング資格の難易度比較|ACC・PCC・MCCの取得要件と実践のポイント・ウェルビーイングコーチングとは:意味や資格について徹底解説