1. なぜコーチングスキルが必要なのか?ビジネスの現場では、上司が部下に「指示を出す」「やり方を教える」だけでは、成果を出すことが難しくなっています。人材の多様化、働き方の変化、そして社員一人ひとりのキャリア志向の違いにより、従来型のマネジメントでは限界を感じている管理職や人事担当者は少なくありません。そこで注目されているのが「コーチングスキル」です。コーチングとは、単なる知識の伝達や指導ではなく、相手の自主性や可能性を引き出すコミュニケーション手法です。営業の成果向上や人材育成、さらには社内の人間関係改善にも役立つとして、多くの会社で導入が進んでいます。本記事では、人事や管理職、リーダー層がぜひ身につけたい 「コーチングスキル5選」 をわかりやすく解説し、実践で役立つ具体的なポイントを紹介します。これからコーチングを学びたい方、すでに部下指導に悩みを抱えている方にとって、すぐに活かせる内容となっています。2. コーチングスキル5選とは?「コーチングスキル5選」とは、特に現場のマネジメントや部下育成で役立つ基本的なスキルを整理したものです。多くの人事研修やセミナーで共通して取り上げられるスキルには以下の5つがあります。傾聴力 … 相手の話を深く聴き、信頼関係を築く質問力 … 相手の気づきを促し、自主性を引き出す承認力 … 強みや努力を認め、モチベーションを高める目標設定力 … 明確で達成可能なゴールを一緒に描くフィードバック力 … 成長のために適切に振り返りを行うこれらは単なるテクニックではなく、相手の「やる気」と「成長」を引き出すための考え方と姿勢です。OJTの場面、若手社員の育成、管理職としてのマネジメントなど、さまざまな場面で活用できるため、習得することで人材育成の質が大きく変わります。3. コーチングスキル① 傾聴力コーチングにおいて最も基本であり、同時に最も重要なのが 「傾聴力」 です。傾聴とは単に「話を聞く」ことではなく、相手の言葉の背後にある 感情・意図・価値観 にまで耳を傾ける姿勢を指します。たとえば、部下が「営業の結果が思うように出せません」と相談してきたとします。ここで多くの上司がやりがちなのは、すぐに「この資料を使って提案してみたらどうか」「やり方を変えてみよう」と解決策を与えてしまうことです。しかし、傾聴力が高いコーチは、相手が置かれている状況や背景を丁寧に引き出そうとします。「どの場面で難しさを感じているのか?」「具体的にどんな顧客との関わりで悩んでいるのか?」「そのときどんな気持ちになっているのか?」こうした問いかけを通じて、相手自身が課題を整理し、答えを導き出すきっかけを与えるのです。(1) 傾聴がもたらす効果傾聴力を発揮すると、以下のような効果があります。信頼関係の構築部下や後輩は「自分の話をしっかり聴いてくれている」と感じると、上司やメンターに対する信頼感が高まります。これは人事評価制度や会社方針の導入時など、社員が不安を抱える際に特に重要です。課題解決力の促進人は自分の言葉で課題を整理すると、頭の中が明確になり、解決の糸口を見つけやすくなります。コーチングでは「答えは本人の中にある」と考えるため、傾聴がその第一歩になります。自主性・主体性の向上指示を与える一方的な指導とは異なり、傾聴を通じて相手の考えを尊重することで、自ら考え行動する姿勢が育ちます。特に若手社員や入社前後の社員には、自主性を育てる大きなポイントになります。(2) 傾聴を実践する具体的なやり方傾聴を「行う」際には、以下のポイントを意識することが役立ちます。相手の話をさえぎらない途中で結論を出そうとせず、最後まで聞く。沈黙があっても待つ。言葉だけでなく非言語も確認する声のトーンや表情、姿勢から相手の本音が見えてくることも多い。共感を言葉にする「それは大変でしたね」「そう感じるのも自然だと思います」といった共感の言葉を伝えることで、安心感を与える。要約して返す「つまり〇〇ということですね」と整理して返すことで、相手は自分の考えを客観的に見直せる。(3) 会社・人事の場面での活用例面談や人事評価の際管理職が評価を伝える場面では、一方的に「評価結果」を伝えるだけでは社員の納得感が低くなりがちです。傾聴力を用い、社員の自己評価や仕事に対する思いを引き出すことで、フィードバックの効果が高まります。採用や面接の場面採用担当者や人事が候補者と向き合う際も、傾聴力は必須です。応募者が持つ経験や価値観を引き出し、会社の方針や役割と合うかを見極めることができます。OJTや社内研修の際eラーニングや資料ダウンロードなどの学習コンテンツだけでは補えない「本人の悩み」を知ることができます。特にOJTでは、経験の浅い若手社員が抱える小さな不安を聞き出し、適切に指導・支援することが大切です。4. コーチングスキル② 質問力コーチングにおいて「傾聴」と並んで重要なのが 「質問力」 です。質問力とは、相手の気づきを促し、思考を整理し、可能性を広げるための問いを投げかけるスキルを指します。単に「聞く」のではなく、相手の内側にある答えを引き出すための働きかけなのです。たとえば部下が「最近、仕事にやりがいを感じられません」と打ち明けたとします。このとき「なぜやりがいを感じないの?」とストレートに問うと、相手は責められているように感じ、防御的になってしまうことがあります。代わりに、コーチング的な質問ではこうなります。「どんなときにやりがいを感じられると思う?」「これまでで一番やりがいを感じたのはどんな経験?」「その経験から、今の仕事に活かせる要素はあるかな?」このように問いを工夫することで、相手の視点が切り替わり、自ら答えを導き出すきっかけが生まれるのです。(1) 質問力が重要な理由質問力がコーチングにおいて重視されるのは、以下のような効果があるからです。思考の枠を広げる相手は自分の思考パターンの中で物事を捉えがちですが、質問を通じて新しい視点を得ることができます。内省を深める質問を受けて答えを考える過程で、自分でも気づいていなかった本音や価値観に出会うことがあります。主体性を引き出す答えを与えるのではなく、本人に考えさせることで「自分の決断」として行動につなげやすくなります。(2) 良い質問と悪い質問の具体例質問には「良い質問」と「悪い質問」があります。良い質問の特徴開かれた質問(オープンクエスチョン):「どう思う?」「どんな可能性がある?」と、自由に考えられる問い。前向きな視点を促す:「どうすれば解決できると思う?」と未来に意識を向けさせる。相手の価値観を引き出す:「あなたにとって大事なことは何?」悪い質問の特徴詰問調(「なぜできなかったの?」)誘導的(「こうした方がいいと思うよね?」)Yes/Noで終わる質問ばかりこれらの「悪い質問」は、相手を委縮させたり、深い思考を妨げたりしてしまいます。(3) ビジネス場面での具体的活用例人材育成・部下指導管理職が部下に「なぜできないのか」ではなく「どうすればできるか」「どの資源を活かせるか」と問いかけると、問題解決力や主体性が育ちます。面談や1on1人事や上司との1on1で「今の仕事で一番やりがいを感じる瞬間は?」といった質問を投げかけると、社員のモチベーション要因を明らかにできます。組織変革の場面新しい会社方針や制度を導入する際に「この仕組みを活かすために、あなたは何ができそう?」と質問することで、社員を巻き込みやすくなります。5. コーチングスキル③ 承認力コーチングにおいて、承認力は欠かせないスキルのひとつです。承認とは、相手の行動や成果だけでなく、「存在そのもの」「努力のプロセス」「小さな変化」まで含めて肯定的に受け止め、言葉や態度で伝えることを指します。多くの人は、成果や結果だけを評価される経験が多いため、「うまくいかなかったときは認められないのではないか」という不安を抱きやすいものです。そこで承認を積極的に行うことで、相手は「自分は価値のある存在だ」と感じ、安心して挑戦や成長に向かえるようになります。(1) 承認力がもたらす効果承認力は、相手のモチベーションや関係性に大きな影響を与えます。自己肯定感を高める「あなたの努力はちゃんと見ているよ」という言葉は、結果が出ていなくても自信や前向きさを引き出します。挑戦する勇気を与える失敗しても承認されるとわかっている環境では、人は安心して新しいことに挑戦できます。信頼関係を強める「見てもらえている」「理解されている」と感じることで、コーチとクライアント、上司と部下の絆が強まります。(2) 承認が欠けているとどうなるか承認が不足していると、相手は「努力を見てもらえていない」「自分は役に立っていないのでは」と感じやすくなります。その結果、モチベーションが下がり、信頼関係にも悪影響が及びます。特にビジネスの現場では、承認不足が「離職の原因」に直結することも少なくありません。(3) ビジネス場面での承認の実践例1on1での活用部下に「最近の工夫は何ですか?」と聞き、その努力を承認する。会議の場で「このアイデアは新しい視点を与えてくれました」と公の場で認める。日常のやり取りでSlackやメールでも「ありがとう」「助かりました」と短い承認を積み重ねる。6. コーチングスキル④ フィードバック力フィードバック力とは、相手の行動や言動を客観的に伝え、気づきや学びにつなげるスキルのことです。コーチングにおけるフィードバックは、単に「評価」や「アドバイス」を与えるものではなく、相手が自分で成長の糸口を見つけられるようにサポートすることを目的としています。人は自分の行動を100%客観的に見ることはできません。だからこそ、第三者からのフィードバックが貴重な鏡となり、自分の強みや改善点を認識するきっかけになります。(1) フィードバック力が重要な理由フィードバックが適切に行われると、次のような効果が得られます。相手の自己認識を高める行動の「事実」を伝えられることで、自分では気づけない習慣や傾向に気づけるようになります。強みを強化できるポジティブなフィードバックは「これをもっと伸ばそう」という動機付けになります。改善点に前向きに取り組めるネガティブに響かない伝え方をすれば、相手は抵抗感なく改善行動に取り組めます。(2) 良いフィードバックの条件効果的なフィードバックにはいくつかのポイントがあります。事実に基づいて伝える「昨日の会議で3回発言していましたね」のように、曖昧ではなく具体的に伝える。行動にフォーカスする「あなたはだめだ」ではなく「発言が少なかった」など行動レベルで話す。バランスを取るポジティブな点と改善点の両方を伝えることで、相手が前向きに受け止めやすくなる。(3) ビジネス現場でのフィードバック実践例会議後に「今日は論点を整理して発言していたので、議論が進みやすかったです」→ 行動を事実ベースで承認する。プレゼン後に「資料の構成はわかりやすかった。ただ、説明が少し早かったので、次回はもう少しゆっくり話すと伝わりやすくなります」→ 強みと改善点を両方伝える。部下との面談で「最近、自分から提案することが増えてきましたね。その積極性は強みだと思います。さらに成果を上げるには、チームメンバーの意見をもっと引き出すと良さそうです」→ 相手の成長を支援する視点で伝える。7. コーチングスキル⑤ ゴール設定力コーチングにおいて「ゴール設定力」は、クライアントが本当に望む未来を明確にし、それを実現可能な行動計画に落とし込むための重要なスキルです。目標があいまいなままでは、どれだけ行動しても成果につながらず、モチベーションも維持できません。逆に、魅力的で現実的なゴールがあると、人は自発的に努力し、成長していけます。(1) ゴール設定力が重要な理由方向性を示す羅針盤となるゴールがあることで、日々の行動に意味づけがされ、優先順位をつけやすくなります。モチベーションを高める自分が「本当に達成したい」と思えるゴールは、困難に直面したときの支えになります。進捗を測定できる具体的な目標があれば、どこまで進んだのかを客観的に確認でき、改善もしやすくなります。(2) 良いゴールの条件コーチングでは、SMARTモデル(Specific/Measurable/Achievable/Relevant/Time-bound)がよく使われます。具体的である(Specific)例:「もっと勉強する」ではなく「毎日30分、英語のリスニングをする」。測定可能である(Measurable)数字や期限などで達成度を確認できる。達成可能である(Achievable)現実的に努力すれば実現できる内容にする。意義がある(Relevant)自分の価値観や長期的な目標に関連している。期限がある(Time-bound)「3か月後までに」「来週までに」など期限を設定する。(3) 実践の場でのゴール設定例キャリアにおいて「半年以内にプレゼン力を高め、次のプロジェクトでリーダーを務める」健康において「3か月で5kg減量し、毎週2回ジムに通う」自己成長において「毎月1冊ビジネス書を読み、学んだ内容を仕事に1つ取り入れる」これらはすべて具体的で測定可能、かつ本人にとって意味があるゴールになっています。8. まとめ:コーチングスキルが人生を豊かに本記事では「コーチングスキル5選」として、以下の力を解説してきました。傾聴力 〜相手を深く理解する土台〜質問力 〜気づきを引き出すカギ〜承認力 〜自信と行動力を育てる支え〜フィードバック力 〜学びを促し成長を加速する〜ゴール設定力 〜未来を描き行動につなげる羅針盤〜これらはどれも独立したスキルのように見えますが、実際には相互に関わり合っています。たとえば「傾聴力」がなければ適切な「質問力」は発揮できませんし、「承認力」が不足すれば「フィードバック力」も相手に届きにくくなります。また、しっかりとした「ゴール設定力」があることで、すべての対話が目的に沿って有効に進みます。つまり、コーチングは 総合的なコミュニケーションの技術 であり、ひとつのスキルだけでは十分ではありません。5つの力をバランスよく活用することで、クライアントや部下の可能性を最大限に引き出し、組織や個人の成果につなげることができるのです。コーチングスキルを学ぶ価値職場での人材育成やマネジメントに役立つ家族やパートナーとの人間関係を良好に保てる自分自身の自己理解や成長にもつながるこのように、コーチングスキルは「仕事のため」だけでなく「人生全体をより豊かにするため」に学ぶ価値があります。次のステップへもし「もっとコーチングを深めたい」「体系的に学んで実践できる力をつけたい」と思われた方は、ぜひスクールや講座での学びを検討してみてください。特に、少人数制で実践重視の環境 で学ぶと、自分のコミュニケーションのクセに気づき、実際の場面で生かせるスキルとして身につけやすくなります。コーチングスキルは一生モノの財産です。ぜひ、あなたのこれからのキャリアや人生に取り入れてみてください。最終更新日 2025年8月29日著者プロフィール中原阿里:ICF国際コーチング連盟プロフェッショナルサーティファイドコーチ(PCC)、弁護士、公認心理師、上級心理カウンセラー、ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジ代表、CLARIS法律事務所代表弁護士、法務博士、ウェルビーイング経営アドバイザー。奈良女子大学英文科英語英文学科卒業、関西学院大学大学院司法研究科修了、米国イェール大学Science of Well-Being Course修了。弁護士として活動しつつ、2019年ウェルビーイングのためのアカデミックなコーチングスクール「ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジーRussell Well-being Coaching Collegeー」を設立。創立以来講師を務め多くのコーチを育成しながら、上場企業からNPO法人、大学、裁判所、弁護士会まで幅広い対象にコーチング研修を提供。現役の弁護士かつプロコーチとしても多数のクライアントを支援する。出版した著書に「弁護士業務の視点が変わる!実践ケースでわかる依頼者との対話42例 コーチングの基本と対応スキル」(日本加除出版)など。■関連記事・コーチングとは?効果や意味、メリット、学び方をプロコーチがくわしく解説・ー2025年版ー【プロコーチが選ぶ】コーチングの学びにおすすめ本7冊と効果的な学び方とは・【コーチングの質問とは?】質問の具体例をわかりやすくした保存版リスト |やってはいけない質問も紹介・【2025年】国際コーチング資格取得について:特徴や選び方をまとめて解説■人気記事・コーチングの効果的な勉強法は?学び方やおすすめのスクールの選び方について・【GROWモデルとは?】コーチングの質問の型とすぐに使える具体的な質問例もあわせて紹介・「コーチングを学ぶ最適な方法とは?コーチングの難しさと確実に学ぶ方法をプロコーチが解説:本格的に学びたい方向け