現代社会において、コミュニケーション能力は単なるビジネススキルを超えた、人と人とが良好な人間関係を築き、信頼関係を構築するための基盤となっています。リモートワークの普及やグローバル化が進むなかで、非言語コミュニケーションが取りづらい状況も増え、より正確に、そして円滑に意思を伝達する力が求められています。しかし、「うまく伝えられない」「誤解されてしまう」といった悩みを抱えている人も多いのではないでしょうか?結論から言えば、これらの課題を解決する有効な手段の一つがコーチングです。コーチングは、相手自身の答えを引き出し、自発的な行動を促すためのコミュニケーションスキルであり、知識や練習を通して誰でも習得できます。この記事では、コーチングの観点から、ビジネスシーンでよくあるコミュニケーションの課題を改善する方法を、国際プロコーチが具体的な事例を交えて分かりやすく解説します。1. コーチングとは?その特徴と価値コーチングとは、相手の主体性を尊重し、その人が持っている可能性を最大限に引き出すコミュニケーション手法です。答えを教えるのではなく、質問や傾聴を通して、自分自身で気づきを得て、解決策を見つけられるようにサポートします。コーチングの目的は、相手の主体性を高め、自発的な行動を促すことにあるため、経営者やリーダーにとってはもちろん、職場や家庭、教育現場など、あらゆる場面で有効なスキルとされています。ビジネスシーンであれば、リーダーシップを発揮する管理職や、人材育成を担う人事担当者にとって重要な要素であるだけでなく、新入社員からベテランまで、あらゆる立場の人が身につけるべきスキルです。職場での円滑な人間関係を築き、チームの生産性を高めることにもつながります。コーチングを学んでいなければ、無意識のうちに一方的な指示や否定的なコミュニケーションをしてしまう場合もあります。では、コーチングを学ぶことで、どのようにコミュニケーションが変わるのでしょうか?具体例をみていきましょう。なお、コーチングについて詳しくは下記の記事をご覧ください。コーチングとは?効果や意味、メリット、学び方をプロコーチがくわしく解説2. よくあるコミュニケーションNG例ビジネスシーンでは、無意識のうちに相手のモチベーションを下げてしまうようなコミュニケーションをとってしまうことがあります。ここでは、仕事で上司と部下の間でよくあるNG事例を挙げ、その要点を簡潔に解説します。事例1:上司と部下のある会話上司:「○○さん、資料の提出期限、今日だったよね? もう送った?」部下:「すみません、まだ仕上がっていません……。」上司:「え? なんで? 期限はわかってたよね?」部下:「はい……。でも、他の業務が立て込んでいて……。」上司:「言い訳はいいよ。結局、いつ仕上がるの?」部下:「明日には……。」上司:「明日? クライアントに迷惑かかるのわかってる? 今すぐやって。」部下:「すみません、急いで仕上げます……。」上司:「もういいから、次からはこんなことがないように気をつけて!」3. コミュニケーションNG事例のポイント解説この会話では、上司が部下を責める姿勢になっており、部下は委縮してしまっているように見えます。具体的には、以下のような3つの課題が見てとれます。(1) 一方的な指示・命令型の会話上司は部下に対して「言い訳はいいよ」「どうするつもり?」など、命令的な言葉や断定的なトーンで会話を進めています。また、「今すぐやって」というような一方的な指示・命令型のコミュニケーションをとっています。これは、部下に対して圧力をかけ、会話を強制的に終わらせることになりがちです。部下の考えや状況を一緒に振り返ったり、考えたりする余地は少なく、考え方や状況を共有する場がありません。その結果、建設的な対話が行われていないことがわかります。一方的な命令調の伝達は、相手の気持ちや意図を無視することになり、信頼関係を築きにくするのです。(2) 質問の不十分さ上司は「なんで?」という問いかけだけで、部下の置かれている背景や状況を深く理解しようとしていません。これでは、部下の言い訳を誘発するだけで、問題の本質を認識したり、自主性を引き出すことはできません。適切な質問がなければ、相互理解を深めることは困難です。(3) 相手の話を傾聴していない上司は部下の話を聴くよりも、ただ責めることに意識が向いています。傾聴は、相手の言葉だけでなく、表情や態度、トーンなどから気持ちを感じ取る重要な非言語コミュニケーションです。相手の話に耳を傾け、共感を示すことで、安心感を与え、本音を引き出しやすくなります。このようなコミュニケーションでは、部下は「どうせ何を言っても聞いてもらえない」と感じ、主体性を失い、モチベーションが低下する傾向があります。4. 効果的なコミュニケーションの例では、コーチングのスキルを活用すると、会話はどのように変化するのでしょうか?先ほどと同じ状況で、コーチングを用いた上司の話し方を見てみましょう。事例2:コーチングスキルを活かした上司と部下の仕事上の会話上司:「○○さん、今日が資料の提出期限だったよね。今どんな状況?」部下:「すみません、まだ仕上がっていません……。」上司:「そうか。何か問題があったの?」部下:「他の業務が立て込んでいて、時間が足りなくなってしまいました……。」上司:「なるほど。時間が足りなかったんだね。現時点での資料の完成度はどれくらい?」部下:「うーん、7割くらいだと思います。」上司:「そうか、それは具体的にどれくらい時間がかかりそう?」部下:「そうですね………あと2時間くらいだと思います。」上司:「そうか。できれば1時間後には資料を送れたらいいんだが、今からできる最善の方法は何だろう?」部下:「そうですね……。他のメンバーに一部手伝ってもらえば、1時間で仕上げられるかもしれません。」上司:「そうか。誰か思い当たる人はいる?」部下:「はい、〇〇さんにお願いできます。」上司:「わかった、では進めてみてください。なにかあったらすぐに声をかけてね。」5. 良い会話事例のポイントとは?この会話からわかるように、上司は一方的に指示するのではなく、多様な質問を用いて、部下が自ら解決策を考える場を提供しています。(1) 相手の考えを引き出す「質問力」「今どんな状況?」「何か課題があったの?」といったオープンな質問は、相手の考えや感じていることを引き出す鍵となります。さらに、「今からできる最善の方法は何だろう?」のように、解決を促す質問は、部下が自分で答えを見つけ出し、自発的な行動につなげる大きな力となります。的確な質問は、相手の思考を整理し、解決策や望ましい方法を自分で導き出す手助けとなります。コーチングの質問スキルについて、詳しくはこちらの記事でも解説しています。【コーチングの質問とは?】質問の具体例をまとめた保存版リスト 避けるべきも紹介(2) 相手の言葉を待つ「傾聴力」上司は部下の話を遮らず、じっくりと耳を傾け、相槌を打ちながら反応しています。これをバックトラッキング(相手の発言を繰り返すこと)といい、相手の言葉を受け止めることで、「話を聞いてくれている」という安心感を与え、信頼関係を深めることができます。相手の気持ちに寄り添い、共感を示すことは、良好な人間関係の基盤を築く上で不可欠です。コーチングの傾聴スキルについて、詳しくはこちらの記事でも解説しています。質問の価値を高めるコーチングスキル傾聴とは?NG例もあわせて徹底解説(3) 相手の自発的な行動を促すコミュニケーションこの上司は、部下に一方的な指示を出すのではなく、質問によって解決策を自分自身で考えさせ、自主性を育むとともに、その行動を促しています。これにより、部下は「やらされている」のではなく「自分で決めた」という意識が生まれ、責任感とモチベーションが向上します。このような働きかけは、本人の主体性を引き出すだけでなく、その組織やチーム全体の「自ら考える力」「向上心」「責任感」、そして、何事も自分ごととして考える文化を生み出します。こうした文化や関係性が、エンゲージメントを高める結果、組織全体の生産性を高めることにもつながるのです。6. コーチングを身に着けるメリットコーチングスキルを習得すると、ビジネスシーンだけでなく、日常生活や対人関係全般で役立つメリットが得られます。メリット1:円滑な人間関係が築けるコーチングでは、相手の意見や価値観を尊重し、傾聴する姿勢を学びます。これにより、一方的な主張ではなく、相手の関心やニーズを捉えたうえで伝えられるようになります。共感を伴ったコミュニケーションは、誰にとっても気持ちよいものです。相手が心を開きやすくなり、安心して自分の内面を話せる結果、信頼関係も築きやすくなります。社内であれば、上司、部下、同僚、そして顧客との現場でも常に信頼関係を深めることができます。日常生活であれば、家族や友人、パートナーとの関係も円滑になり、他者と関わるストレスが大幅に減る可能性があります。メリット2:チームの力を向上させる管理職やリーダーは、部下に一方的に指示するのではなく、コーチングを用いることで、個々の強みや才能を引き出し、チーム全体のパフォーマンスを高めることができます。部下が自分で考え、行動する習慣が身につき、課題解決能力が向上することで、組織全体の生産性が高まります。また、スポーツや、学校のクラスなどのチーム集団活動でも、個人の力を互いに引き出しあう環境が生まれ、関係性が良くなります。互いを尊重する対話が促進され、チーム自体の問題解決能力が高まっていきます。その結果、チームが目指す成果が得られやすくなります。メリット3:自分の成長につながるコーチングは、相手を支援するスキルであると同時に、自分自身の内側と向き合う機会でもあります。自分が持っている既存の価値観や先入観から離れ、多様な視点から考える練習を繰り返すことで、思考の柔軟性が高まります。自分自身がとらわれているものから解き放たれる体験ができるのも、コーチングを身につける醍醐味のひとつです。もちろん、セルフコーチングなどの技術によって、自分の行動や感情をうまくコントロールできるようにもなり、生きやすくなるというメリットもあります。このように、コーチングのスキルは一度習得すれば、生涯にわたって役立つ一生もののスキルなのです。7.コミュニケーション能力向上法4つコミュニケーションを向上させるためのコーチングスキルを身につけるためには、日頃からの鍛錬や練習が欠かせません。ここでは、今日からできる4つの方法を紹介します。1. 意識的に「傾聴」を心がける相手の話を聴く際、単に耳を傾けるだけでなく、相手の言葉の背景にある気持ちや意図を汲み取ることに意識を向けましょう。相槌や要点の確認を行うことで、相手は自分の話を真剣に受け止めてもらっていると感じ、安心感が生まれます。また、傾聴を心がけていくと、自然と共感力が高まっていき、相手をジャッジしながら聞く感覚が次第に手放されていきます。その結果、相手の話を聞くのが楽になってくる感覚が得られる時があります。これは、自分のコミュニケーション能力向上の一つのしるしです。2. 「なぜ?」でなく「どうすれば?」と問いかける問題や課題が発生した際、「なぜ失敗したの?」と責めるような問いかけではなく、「本当はどうありたかったんだろう?」「どうすれば改善できるだろう?」「次からはどう工夫できるだろう?」といった、未来志向の質問を意識的に選びましょう。これにより、相手は自分で改善策を考え、次への行動を起こすきっかけを得られます。3. 非言語コミュニケーションを意識する相手の話している内容だけでなく、表情や身振り、手振り、声のトーンなども重要な要素です。これらを非言語的コミュニケーションと呼びます。相手の伝えているさまざまな情報を、言葉だけにとらわれず、非言語的コミュニケーションからもしっかり受け取りましょう。また、自分自身も、相手の目を見て話したり、適度な相槌やうなずきを入れたり、相手の体の動きに合わせるなどの非言語的コミュニケーションを用いることで、誠実で信頼できる印象や安心感を与えられます。4. フィードバックをもらう機会を増やす自分の振る舞いが相手にどんな印象や影響を与えているか、自分では案外わからないものです。しかし、何かを向上させたいのならば、自分の現状を客観的につかむことは不可欠です。ぜひ、自分のコミュニケーションスタイルが相手にどう伝わっているか、同僚や上司、家族など親しい人にフィードバックをもらう機会を作りましょう。意外な発見や学びがきっとあるはずです。客観的な評価を知ることは、自分の課題を明確にし、効果的な改善につなげる第一歩となります。5.コーチングを本格的に学ぶならコーチングによるコミュニケーション能力の向上は、一朝一夕に実現できるものではありません。しかし、体系的な知識を学び、継続的に練習を行い、実践を繰り返すことで、確実に成果を得ることができます。本や単発のセミナーなどで、まずはコーチングの全体像を理解することがお勧めですが、本格的にコミュニケーション能力を向上させたいならば、コーチングスクールで学ぶことも選択肢に入ってきます。コーチングスクールでは、経験豊富なプロコーチから直接指導を受けられるため、実践的なスキルを効率的に習得できます。特にオンラインのスクールは、時間や場所の制約が少なく、多忙な人でも学びやすいというメリットがあります。ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジは、ICF国際コーチング連盟認定のコーチングスクールであり、「ウェルビーイングをつなぐ」をミッションとしています。心理学に基盤を置くウェルビーイングの観点からコーチングを学べる点が特徴です。少人数制で講師とのやり取りも密に行えるため、コミュニケーションを向上させるコーチングスキルを理論と共に確実に磨くことができます。8. コミュニケーション能力まとめこの記事では、コーチングのスキルを用いることで、コミュニケーションがどのように改善されるか、具体的な事例を通して説明しました。要点をまとめると、以下のようになります。コーチングとは、相手の主体性や可能性を引き出すためのコミュニケーション手法。一方的な指示や質問ではなく、傾聴と適切な質問が重要。コーチングスキルを身につけることで、信頼関係の構築、チームの力の向上、自己成長といったメリットが得られる。日頃から実践を行い、継続的に学びを深めることが大切。コーチングは、話し方や伝え方といった表面的なテクニックに留まらず、相手の気持ちや意図を深く理解しようとする姿勢を育むものです。会社や組織の人材育成、教育やスポーツにも役立つため、経営者や人事担当者の方、教育指導に関わる方にも参考にしていただければ幸いです。ぜひ、コーチングを活用して、円滑な人間関係とウェルビーイングな人生を実現していきましょう。監修者プロフィール中原阿里:ICF国際コーチング連盟プロフェッショナルサーティファイドコーチ(PCC)、弁護士、公認心理師、上級心理カウンセラー、ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジ代表、CLARIS法律事務所代表弁護士、法務博士、ウェルビーイング経営アドバイザー。奈良女子大学英文科英語英文学科卒業、関西学院大学大学院司法研究科修了、米国イェール大学Science of Well-Being Course修了。著書に「弁護士業務の視点が変わる!実践ケースでわかる依頼者との対話42例 コーチングの基本と対応スキル」(日本加除出版)など。弁護士として活動しつつ、2019年ウェルビーイングのためのアカデミックなコーチングスクール「ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジ」を設立。創立以来講師を務め多くのコーチを育成しながら、上場企業からNPO法人、大学、裁判所まで幅広い対象にコーチング研修を提供。現役の現役の弁護士かつプロコーチとしても多数のクライアントを支援する。取材インタビューはプレジデント、ライフシフトジャパン、産経新聞など多数。最終更新日2025年9月10日■関連記事・質問の価値を高めるコーチングスキル傾聴とは?NG例もあわせて徹底解説・【コーチングの質問とは?】質問の具体例をまとめた保存版リスト 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