弁護士としての業務の大変さは、法律の解釈や起案、相手方との交渉だけではありません。実はクライアント対応にストレスを感じている弁護士が多いのです。「クライアントとの対話が難しい」「説得がうまくいかない」「感情的な対応に疲れる」などの悩みです。そこで注目されるのが、コーチングのスキルです。本記事では、クライアント対応力を高めたい弁護士がコーチングを学ぶ意味と、その実践方法について解説します。1. 弁護士業務の課題とは(1) 説得が困難な依頼者の対応なかなか説得が難しい依頼者への対応に困ったことがある方も多いのではないでしょうか。法律ではこうなる、一般的にはこのような対応が考えられる、と説明しても、納得してもらえないケースです。このような場合は、法的な助言だけではなく、依頼者の感情面への寄り添いが必要になってきます。(2) 依頼者からのコミュニケーションを負担に感じる依頼者から頻繁に電話がかかってくる、一度の電話がとても長い、感情的に怒鳴られる、泣かれる、話が噛み合わない、などといった場合もあります。依頼者とやり取りをしたくなくて、依頼者への連絡をどんどん後回しにしてしまい、ケース自体が遅れてしまう、といった事案も決して少なくありません。このようなストレスが蓄積した結果、弁護士としての仕事自体が嫌になったり、鬱などの症状が出てくることもあるかもしれません。これらの大変さが示しているのは、弁護士の仕事には多くの感情労働が含まれることです。一般的に、弁護士というと頭脳を多く使う頭脳労働に分類されがちですが、実は依頼者の感情と向きあう感情労働の割合がとても高いのです。だからこそ、相手の感情とどう向き合うか、どのように対処したらよいのかを知っておくことは極めて重要なことです。そこで、活かせるのがコーチングのスキルです。2. コーチングが弁護士業務にもたらすもの① 信頼関係の構築コーチングを活用することで、依頼者の話を丁寧に傾聴し、共感を示すことができます。その結果、依頼者は弁護士に安心感を抱き、意見を受け入れやすくなります。信頼関係が強まることで、スムーズな業務遂行が可能になります。② 説得力の向上依頼者が納得できる形で説明することで、意思決定がスムーズになります。また、相手方との交渉でも、適切な質問や傾聴の技術を駆使することで、相手を納得させ、より良い条件での合意を引き出しやすくなります。③ 弁護士自身のストレスの軽減コーチングスキルを日々のコミュニケーションに活用することで、依頼者の不安を適切に受け止め、過度な電話や無理難題の要望に振り回されにくくなります。冷静かつ効果的なコミュニケーションが可能になり、弁護士自身の精神的負担も軽減されます。3. 弁護士業務に活かせる具体的なコーチングスキルでは、具体的にどのようなコーチングスキルが弁護士業務に活かせるのでしょうか。数あるコーチングスキルの中で、特に有効なのが、傾聴・承認・質問の3つです。(1) 傾聴(アクティブリスニング)傾聴は、弁護士がクライアントとの信頼関係を築くために欠かせないスキルです。特に注意すべきは下記の3つです。・話を最後まで聞く必ず、依頼者の話を最後まで聞きましょう。途中で話を遮ったり、自分の主張を通すことは避けましょう。相手の話を否定せずに、まずは受け止めることで、クライアントは安心して自分の考えを話せるようになります。・共感的な反応を示す相槌やうなずきを適切に使い、共感の態度を示すことはとても重要です。また、依頼者の言葉を大げさにならない範囲でリフレーズすることも、相手の話を促し、相手に寄り添う意思を伝えることができる手段です。・相手の感情に寄り添うたとえば、「それは大変でしたね」「お辛かったでしょう」など、依頼者の感情に寄り添う言葉は効果的です。相手の気持ちを受け止め、感情を落ち着かせることにもつながります。(2) 承認次は、承認です。相手の存在や行動など積極的に承認しましょう。たとえば、「よくここまで頑張ってこられましたね」「なかなかその行動ができる人はいないです」などと言葉がけをすることで、依頼者の不安を取り除き、落ち着かせる効果があります。人は自分を認めてくれる人の話を受け入れやすい傾向があります。だからこそ、適切な承認を行うことで、説得力を向上させることにつながります。承認に関して詳しくはこちらの記事をご覧ください。【コーチングの承認とは?】人の成長を促すスキルを3つの効果と注意点をあわせて紹介(3) 質問最後に、質問のスキルです。数多くある質問の種類の中で、未来を問う質問が有効な場合が多くあります。依頼者は、目の前の事案の現状や過去にとらわれていて、柔軟な思考ができなくなっていることがあります。そんなときに、未来志向の質問を取り入れてみると、視点が切り替わることがあります。たとえば以下のような質問です。「この事件が終わったら、どんな生活をしていたいですか?」「本件を解決する上で、一番大事にしたいことは何ですか?」ポイントは、どうしてこうなったという過去の問題に視点をあわせるのではなく、解決後の理想状態を考えることです。弁護士は、すべての事案が必ず終わることを知っています。しかし、依頼者にとっては、現状にのまれて、冷静な判断ができにくい場合もあるでしょう。質問には、相手の意思を引き出し、自分が決めたという実感や自律性を引き出す効果があります。積極的に活用してみましょう。質問についてはこちらの記事でも詳しく解説しています。【コーチングの質問とは?】質問の具体例をまとめた保存版リスト|避けるべき例も紹介4. コーチングを学んだ弁護士の事例石川県金沢市で労働者側の労働事件を専門とする弁護士、徳田隆裕さんは、依頼者とのコミュニケーションを深めるためにウェルビーイングコーチングを学ばれました。学びのきっかけは、依頼者からの「先生は、どっちの味方ですか?」という問いかけで、この経験から依頼者との対話の重要性を再認識し、コーチングスキルの習得を決意されました。ラッセルで学んだ結果、徳田さんは質問の質が向上し、依頼者の視点を柔軟に切り替えることができるようになったといいます。これにより、依頼者自身が新たな選択肢に気づき、問題解決への道筋を見出す手助けとなったそう。また、二児の父親として、家庭内でもコーチングマインドの重要性を実感されているとのことです。5. コーチングを学ぶならラッセルラッセルウェルビーイングコーチングカレッジの代表は、2009年弁護士登録の現役の弁護士でもあります。弁護士16年、企業顧問弁護士経験、弁護士法人共同経営を経て、国内外で複数のコーチング資格取得。現在、ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジの代表兼講師を務めています。また、受講生にも法曹関係者が多く、弁護士や裁判官がウェルビーイングコーチングを学んでいます。前章でご紹介した通り、ウェルビーイングコーチングを学んだことで、依頼者との関係性が向上した、自分自身のストレスマネジメントがうまくできるようになってとても楽になった、というお声をいただいています。6. まとめ弁護士業務には法律知識だけでなく、クライアントとの対話力が不可欠です。コーチングを学ぶことで、信頼関係を築き、説得力を高め、弁護士自身のストレスを軽減することができるでしょう。特に、傾聴・承認・質問のスキルを活用することで、依頼者に寄り添い、スムーズな問題解決へと導くことが可能です。弁護士の仕事は法的な解決だけはなく、依頼者のウェルビーイングにも関わることです。ウェルビーイングコーチングを学んで、依頼者と自分自身のウェルビーイングを高めていきましょう。著者プロフィール中原阿里:ICF国際コーチング連盟プロフェッショナルサーティファイドコーチ(PCC)、弁護士、公認心理師、上級心理カウンセラー、ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジ代表、CLARIS法律事務所代表弁護士、法務博士、ウェルビーイング経営アドバイザー。奈良女子大学英文科英語英文学科卒業、関西学院大学大学院司法研究科修了、米国イェール大学Science of Well-Being Course修了。弁護士として活動しつつ、2019年ウェルビーイングのためのアカデミックなコーチングスクール「ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジーRussell Well-being Coaching Collegeー」を設立。創立以来講師を務め多くのコーチを育成しながら、上場企業からNPO法人、大学、裁判所、弁護士会まで幅広い対象にコーチング研修を提供。現役の弁護士かつプロコーチとしても多数のクライアントを支援する。著書に「弁護士業務の視点が変わる!実践ケースでわかる依頼者との対話42例 コーチングの基本と対応スキル」(日本加除出版)など。最終更新日 2025年3月7日■関連記事・コーチングとは?効果や意味、メリット、学び方をプロコーチがくわしく解説・ー2025年版ー【プロコーチが選ぶ】コーチングの学びにおすすめ本7冊と効果的な学び方とは・【コーチングの質問とは?】質問の具体例をわかりやすくした保存版リスト |やってはいけない質問も紹介・【2025年】国際コーチング資格取得について:特徴や選び方をまとめて解説■人気記事・コーチングの効果的な勉強法は?学び方やおすすめのスクールの選び方について・【GROWモデルとは?】コーチングの質問の型とすぐに使える具体的な質問例もあわせて紹介・「コーチングを学ぶ最適な方法とは?コーチングの難しさと確実に学ぶ方法をプロコーチが解説:本格的に学びたい方向け