目次1. はじめに:結果から見ると見失う、組織の本質とは多くの組織では、「結果が出ていない」「目標達成ができなさそう」と感じた場合、ついつい数字や成果ばかりに注目しがちではないでしょうか。しかし、「なぜ結果が出ないのか」の答えは、実はもっと根本的な部分にあります。組織開発やチームビルディングの分野で知られるマサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授は、この「成果が出る組織とそうでない組織」の違いを『成功の循環モデル』として示しました。このモデルは、ビジネスにおける組織のパフォーマンスを最大化するための重要な視点を提供してくれます。表面的な結果だけでなく、その裏側にある人間関係や思考プロセスに焦点を当てることで、持続的な成長を促す組織の本質が見えてきます。2. ダニエル・キムの「成功の循環モデル」についてダニエル・キム教授の『成功の循環モデル』は、組織の流れをつくる要素を以下のように分解しています。この4つの要素が相互に影響し合い、組織の状態を決定するという考え方です。関係の質(関係性):組織内のメンバー間での信頼、尊重、コミュニケーションの質。思考の質(考え方・発想):メンバーが課題に対してどのような思考を持ち、どれだけ主体性を持って考えることができるか。行動の質(実際の動き・取り組み):思考に基づいてメンバーが実際に行う行動の質と量。結果の質(成果・アウトカム):組織が最終的に得る業績や目標達成の度合い。成果が出る組織を「グッドサイクル」、成果がでない組織を「バッドサイクル」とした上で、どちらの組織も、構成する要素は変わりません。違いは、どこから注目を始めるかにあります。このモデルは、組織の状態がなぜそうなっているのかを理解し、改善していくための羅針盤となります。3. バッドサイクルに陥るビジネス組織のパターン多くの組織がやってしまうのが、「結果の質」からスタートすることです。つまり、結果が出ていないことのみに注目し、「なんで売上が落ちてるんだ」 「なぜ目標が達成できていないのか」と問い詰めるわけです。問い詰めるだけでなく、「そのやり方がダメなんだ」「すぐにこれをやれ」「なんでやらないんだ」といった指示や批判が増え、関係の質が悪化します。上司から部下への一方的な詰問や指示命令が増え、部下は委縮し、自ら考えることをやめてしまいます。つまり、コミュニケーションの量が増えても、その質が低ければ、逆効果となる典型例です。その結果、思考の質も落ち、「どうせやっても意味ない」と自発性が失われ、行動の質も低下。社員のモチベーションは下がり、言われたことしかやらなくなります。新しいことへの挑戦もなくなり、現状維持に陥った結果。さらに成果が出ない…という悪循環が生まれるのです。これがバッドサイクルです。このサイクルに陥ると、組織は停滞し、やる気や成長を感じられない人材は流出してしまいます。4. グッドサイクルを生むカギは「関係の質」一方で、グッドサイクルのスタートは「関係の質」に注目します。お互いを尊重し合い、信頼関係の上に立ってチームをつくろうとすることで、自由で創造的な思考が生まれます。「どうしたらもっと関係が良くなるだろうか」 「どうしたら一緒にうまくやれるだろうか」「助け合えるところはどこだろうか」「役に立てるところは何でも言ってほしい」「いいメンバーに恵まれている」互いの関係を大事にし、敬意を示すような表現です。そうした言葉がチーム内をいきかうことで、それぞれの行動を変え、自発性が高まり、そして結果もついてくる。結果が出ることで、さらに信頼関係が強まり、好循環が生まれていく。これが、グッドサイクルであり、「成功の循環モデル」の本質です。関係の質を高めるためには、相互の承認と共感が不可欠です。上司は部下の意見に耳を傾け、部下の努力や貢献を認めることが大切です。社員一人ひとりが尊重され、自分の考えを発言できる環境が整うことで、思考の質は向上します。問題解決へのアプローチも、トップダウンではなく、チーム全体で知恵を出し合う形に変化します。グッドサイクルがもたらす効果はとても大きいのです。5. コーチングが循環を変える:人の可能性を信じる関わりでは、組織循環モデルとコーチングはどのような関係にあるのでしょうか。実は、このグッドサイクルを生み出す関わり方のひとつが、コーチングです。コーチングは相手に対する敬意をもち、「人は誰しも可能性を持っている」という前提で、その自発性を引き出す支援です。一方的に教えるティーチングとは異なり、相手の内側にある答えを引き出し、自ら気づきを得て、行動へと促す成長の手法です。組織の中でこのような関わり方が広がれば、命令や管理による動かし方ではなく、内側からの動機づけによるチームづくりが可能になります。上司は部下の目標達成をサポートする役割を担い、部下は自分の能力を最大限に発揮できるようになります。人材育成の観点から見ても、コーチングは社員の成長を促し、長期적な視点で組織のパフォーマンスを向上させる効果的な手段となります。そして、メンバー同士も、互いに強みを出し合って一緒に成長しようとする傾向が高まり、支援的な関係性が生まれやすくなります。個人の成長とチームの成長が同時に行われ、ひいては、組織全体の成長や、共に支援し合う組織文化の基礎となるのです。コーチングを導入する企業が増えているのは、社員一人ひとりの潜在能力を最大限に引き出し、主体性を育むことの重要性が認識されているためです。管理職がコーチングの技術を習得することで、部下とのコミュニケーションの質が飛躍的に高まり、組織全体の活性化に繋がります。さらに、チームや組織を持続的な成長に結びつけることができるわけですから、導入企業が増えているのは納得ができるところです。6. 心理的安全性を高める4つのステップグッドサイクルの土台には、心理的安全性が必要不可欠です。グッドサイクルでは、メンバー同士が互いを支援するとともに、自分の不安や困りごとを率直に話せる状態が必要だからです。不安を抱えこむと、人は状態が悪化します。だれでも不安や苦労はありますが、それをチームに開示して、話すだけでも事態が好転することはよくあります。もちろん、話したことで具体的な打開策が生まれ、一気に進展することもあるでしょう。いずれにしても、社員が安心して本音や悩みを語れる場をつくることは欠かせません。そのためには、以下の4つのステップが有効です。まず自分を知る(自己理解・内省):自分の強みや弱み、価値観、行動パターンを深く理解すること。これはコーチングのセルフコーチングにも繋がる部分です。自身を把握することで、他者を理解する土台ができます。自分の強みと弱みを開示する:上司やリーダーがまず自分の人間的な側面を見せることで、部下も安心して自分を開示しやすくなります。完璧な人間であることを演じるのではなく、ありのままの自分を見せることが信頼に繋がります。他者の言葉を受け止めて傾聴する:相手の話を評価せずに聞く姿勢が重要です。共感を示し、相手の感情や考えを深く理解しようと努めることで、相手は「聞いてもらえている」と感じ、心を開きます。他者の強みと弱みを受容する:人は誰しも完璧ではありません。相手の良い点も悪い点も含めて受け入れることで、安心感が生まれます。弱みを頭ごなしに否定したり、改善すべき点と捉えるだけでなく、それも個性としていったんは受け止め、認める姿勢が大切です。人は相手から「心を開示された」と感じると、心を開くことができます。そのためには、自分自身をよく知り、評価せずに受け入れる姿勢が不可欠です。これは、コーチングの基本でもあります。コーチングではコーチがクライアントのどんな言葉も否定せずに受け止めます。そのうえで、クライアントが、本当はどうありたいのかを描き、どうやって進むのかを自主的に選ぶことで、クライアントの未来を成長や発展に結びつけるという関係がコーチングです。コーチングの技法は、互いの心理的安全性を前提に効果が生まれますが、それと同様に、心理的安全性の高い環境では、社員が失敗を恐れずに挑戦でき、新しいアイデアが生まれやすくなります。問題解決の際にも、多様な意見が出やすくなり、より良い解決策に繋がります。7. コーチングとティーチングの使い分け:状況に応じた最適な人材育成手法人材育成において、コーチングとティーチングはそれぞれ異なった役割を持ち、状況に応じて適切に使い分けることが重要です。ティーチングのメリットとデメリットティーチングは、教師が生徒に知識や技術を「教える」ように、経験や知識が豊富な人が相手に「教える」手法です。明確な答えや手順があり、相手がまだ習得していない場合に効果的です。メリット:短時間で知識やスキルを習得できる問題解決の明確な方向性を示せる即効性が期待できるデメリット:相手の主体性が育ちにくい与えられた知識や情報に依存しがち応用力や思考力が身につきにくい活用シーン:新入社員への業務知識や基本的なスキルの指導緊急時の問題解決や対応策の指示専門知識や技術の伝達コーチングのメリットとデメリットコーチングは、相手の中にある答えを「引き出す」手法です。質問や傾聴を通して、相手が自ら考え、気づきを得て、行動を起こすことを促します。相手の潜在能力を最大限に引き出し、自律的な成長をサポートします。メリット:相手の主体性や自発性を育む自己解決能力や問題解決能力を向上させるモチベーションを高め、持続的な成長を促すデメリット:時間がかかる場合があるコーチングを行う側にも専門的な技術が求められる相手が自ら考える意欲がない場合は効果が出にくい活用シーン:リーダーシップの育成社員のキャリア開発や目標設定自己解決能力を高めたい個人のサポートチームの連携やコミュニケーションの改善適切な使い分けの重要性組織の管理職やリーダーは、部下の状況や求めるものに合わせて、ティーチングとコーチングを柔軟に使い分けることが重要です。例えば、新しい業務を覚える際にはティーチングで基本的な知識を教え、その後、自分で考えて実践する段階ではコーチングでサポートするといった形です。人材育成の現場では、これら2つの手法を組み合わせることで、社員の即戦力化と長期的な成長の両方を図ることができます。企業が持続的に成長していくためには、多様な人材育成のアプローチを理解し、戦略的に活用していく必要があります。8. コーチングの具体的な手法と効果的な実践方法コーチングは、単なる傾聴や質問だけでなく、体系的な技法を活用することでその効果を最大限に発揮します。ここでは、コーチングの主要な手法と、組織で効果的に実践するためのポイントを解説します。コーチングの主要な技法アクティブリスニング(傾聴): 相手の話を注意深く、批判せずに聞くことです。言葉の内容だけでなく、声のトーンや表情、姿勢といった非言語的な情報にも注意を払います。相手の感情や意図を深く理解しようと努めることで、信頼関係が構築され、相手は安心して本音を話せるようになります。パワフルクエスチョン(効果的な質問): 相手に気づきを促し、内省を深める質問です。「何が問題だと感じていますか?」「もし全てが可能だとしたら、何をしたいですか?」「その目的が達成されたときに、どんな変化があるのでしょうか?」といったオープンエンドの質問が中心となります。相手が自分で自由に考え、じぶんなりの答えを見つけるプロセスをサポートします。承認とフィードバック: 相手の努力や成長を認め、肯定する承認は、モチベーションを高める上で非常に重要です。また、客観的な事実に基づいた建設的なフィードバックは、相手の気づきをさらに深め、自分一人では得られなかった新しい視点を獲得する機会です。次のステップへと繋げます。「具体的に何がよかったのか」を明確に伝えることが大切です。ゴール設定と行動計画: コーチングは、相手が明確な目標を設定し、それに向かって具体的な行動計画を立てることをサポートします。目標はクライアント自身がどうありたいかを自由に描きます。そして、達成への道筋を明確にすることで、行動へのモチベーションを高めます。組織における育成に効果的な実践方法管理職へのコーチング研修の導入: 社員一人ひとりにプロのコーチをつけることは難しくても、管理職がコーチングの原則と技法を学ぶことで、日常のマネジメントにコーチング的な要素を取り入れることができます。社内コーチを育成することは、組織全体のコミュニケーションの質を向上させる上で非常に効果的です。定期的な1on1ミーティングの実施: 上司と部下が定期的に個別で話す時間を設けることで、部下は自分の悩みや課題を相談しやすくなります。この時間をティーチングではなく、コーチングの場として活用することで、部下の自律性を高めることができます。フィードバック文化の醸成: ポジティブなフィードバックも建設的なフィードバックも、日常的に行われる文化を醸成することが重要です。フィードバックは相手の成長を促すための機会であり、批判や評価の場ではないという認識を共有することが大切です。研修やセミナーの活用: コーチングの基礎を学ぶための外部セミナーや社内研修を積極的に活用します。座学だけでなく、ロールプレイングなどを通して実践的なスキルを習得する機会を設けることが効果的です。9. 成果を出す組織づくりのための具体的なステップと注意点成果を出す組織を構築するためには、成功の循環モデルとコーチングの原則を理解した上で、具体的なステップを踏み、注意点を意識することが重要です。成果を出す組織づくりのためのステップ現状の組織状態の把握: まず、組織が現在、成功の循環モデルのどこに位置しているのかを把握します。関係の質、思考の質、行動の質、結果の質のそれぞれについて、社員へのアンケートやヒアリング、アセスメントなどを通じて現状を確認します。特に、コミュニケーションの状態や心理的安全性の度合いを重視します。トップマネジメントのコミットメント: 組織変革は、トップマネジメントの強力なコミットメントなしには成功しません。経営陣が率先してコーチング的なアプローチを学び、実践する姿勢を示すことで、組織全体の意識が変わっていきます。コーチング文化の導入と定着: 管理職を対象としたコーチング研修を継続的に実施します。一度の研修で終わりにせず、定期的なフォローアップや実践の場を設けることが大切です。社内にコーチングの専門家を育成し、相談できる環境を構築することも有効です。コミュニケーションの改善: 定期的な1on1ミーティングの導入や、社員が率直に意見を言える場(タウンホールミーティングなど)の設定を行います。フィードバックをポジティブに捉える文化を醸成し、相互の承認と共感を促す働きかけを行います。目標設定と評価制度の見直し: 個人の目標が組織の目標と連動しているか、社員が自律的に目標を設定できる機会があるかを確認します。評価制度も、結果だけでなく、行動プロセスや関係の質を評価する視点を取り入れることで、グッドサイクルを促すことができます。継続的な改善とフィードバック: 組織変革は一度で終わるものではありません。定期的に効果を測定し、改善点を見つけ、修正するプロセスを継続的に行います。社員からの声を積極的に聞き、改善に繋げる姿勢が重要です。注意点焦らないこと: 関係の質の改善には時間がかかります。即効性を求めすぎると、結局バッドサイクルに逆戻りしてしまう可能性があります。長期的な視点で取り組みを継続することが大切です。完璧を目指さないこと: 全ての社員がコーチング的な関わりをできるようになるまでには時間がかかるものです。少しずつ、できるところから始め、成功体験を積み重ねることが重要です。形式だけでなく本質を理解すること: コーチングの技法だけを学ぶだけでなく、「人の可能性を信じる」というコーチングの本質を理解し、実践することが重要です。形式にとらわれず、心からの関わりを意識します。経営層の理解と協力: コーチングや心理的安全性の重要性を経営層が深く理解し、協力体制を構築することが成功の鍵となります。人材育成への投資は、未来への投資であるという認識を共有することが必要です。10. まとめ:成果は「信頼の積み重ね」から生まれる組織やチーム、コミュニティ、家族まで——どんな集団でも、成果を生み出す鍵は関係性の質に注目することです。私たちは、結果を出す前に「人を信じる」「関係を育てる」ことから始めなければなりません。それを実現する方法こそが、コーチングであり、自分と他者の可能性を信じて関わるという姿勢です。あなたの組織がバッドサイクルに陥っていると感じたら、まずコーチングのスキルを使って関係性の質を見直してみませんか?小さな変化から始まり、グッドサイクルが回り出すことで、組織は驚くほどの成長を遂げることができます。コーチングを学びたい方へラッセル ウェルビーイング コーチング カレッジでは、ICF(国際コーチング連盟)認定の資格取得に向けて、段階的かつ実践的に学べるカリキュラムが用意されています。ウェルビーイングを土台に、自分自身の在り方と丁寧に向き合いながら、コーチングスキルを体系的に身につけていくプロセスは、資格取得を超えて人生そのものに深い変化をもたらします。少人数制による手厚いサポート、オンラインで完結できる柔軟な学習環境により、確実なスキル習得を目指します。コーチングを通して、自分自身の可能性を広げ、チームの関係性の質を高めたい方、他者のウェルビーイングに貢献したいと願うすべての方へおすすめの学びです。当カレッジの次期ベーシッククラスの開講(2025年9月スタート)にあたり、プログラム詳細を案内する無料説明会も実施中です。説明会参加者様だけの受講費用1万円割引特典もご用意しています。お気軽にご参加いただければ幸いです。説明会はこちらからお申込みいただけます。最終更新日 2025年6月8日監修者プロフィール中原阿里:ICF国際コーチング連盟プロフェッショナルサーティファイドコーチ(PCC)、弁護士、公認心理師、上級心理カウンセラー、ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジ代表、CLARIS法律事務所代表弁護士、法務博士、ウェルビーイング経営アドバイザー。奈良女子大学英文科英語英文学科卒業、関西学院大学大学院司法研究科修了、米国イェール大学Science of Well-Being Course修了。弁護士として活動しつつ、2019年ウェルビーイングのためのアカデミックなコーチングスクール「ラッセルウェルビーイングコーチングカレッジーRussell Well-being Coaching Collegeー」を設立。創立以来講師を務め多くのコーチを育成しながら、上場企業からNPO法人、大学、裁判所、弁護士会まで幅広い対象にコーチング研修を提供。現役の弁護士かつプロコーチとしても多数のクライアントを支援する。著書に「弁護士業務の視点が変わる!実践ケースでわかる依頼者との対話42例 コーチングの基本と対応スキル」(日本加除出版)など。■関連記事・コーチングとは?効果や意味、メリット、学び方をプロコーチがくわしく解説・ー2025年版ー【プロコーチが選ぶ】コーチングの学びにおすすめ本7冊と効果的な学び方とは・【2025年】国際コーチング資格取得について:特徴や選び方をまとめて解説■人気記事・コーチングの効果的な勉強法は?学び方やおすすめのスクールの選び方について・【GROWモデルとは?】コーチングの質問の型とすぐに使える具体的な質問例もあわせて紹介・「コーチングを学ぶ最適な方法とは?コーチングの難しさと確実に学ぶ方法をプロコーチが解説:本格的に学びたい方向け