2024年1月1日に発生した能登半島地震では大きな被害が発生し,多くの方が大変苦しい状況を過ごされています。被害の大きさが次第に明らかになる中で,何か自分にできることはないかと考えている方も多いことと思います。 災害に巻き込まれた人たちの心を支える支援のひとつに,サイコロジカル・ファースト・エイド(Psychological First Aid:PFA)があります。日本語では心理的応急措置と言い,深刻な危機的出来事に見舞われた人に対して行う,初期の,人道的,支持的,かつ実際的な支援のことです。 身体に大ケガをした人に応急措置を行うように,心に大きな傷を受けた場合の応急措置も必要ではないかと研究実践が重ねられた結果,生まれたのがPFAなのです。つまり,被害を受けて心を深く痛めている人と実際に接する場面で,周囲はどんな風にかかわるとよいのか,その枠組みを示したものとも言えます。 私たちは,今この瞬間にも,被災者になる可能性と,被災者を援助する立場になる可能性とを持ち合わせています。しかし,いざ,被災で心を痛める人を目の前にしたとき,いったいどんな言葉をかけ,どんな態度をとれば,もっとも支えになるのか,多くの人が悩むのではないでしょうか。 PFAは,被災等により深刻な精神的苦痛を感じる被災者に対するかかわり方として有効性が認められています。PFAの国際的手引はWHO版と米国版がありますが,中心となる考え方は一致しています。なお,PFAは,もともと,世界の紛争地域や被災地域支援を基準に策定した国際指針であるため,実際に活用する際には,被災の事情に合わせることも必要です。ただ,基本的な枠組みとしては支援者に重要な示唆を与えるものとして,活かしていけると考えられます。 筆者は,プロコーチかつ公認心理師で(弁護士でもあります),2022年8月に兵庫県こころのケアセンター主催のPFAサイコロジカル・ファースト・エイドを学ぶ研修を修了しています。自分がそれまで勘違いしていたこと,知らなかったことがたくさんあったことに気が付きました。 PFAの活動は多岐にわたりますが,この記事では,そのうち,被災者と話をする際の重要な点や,安心感をもたらすためのかかわりについてわかりやすく取り上げます。ポイントは,被災者の尊厳,文化,能力を尊重したやり方を徹底することです。1 危機的な出来事とストレス反応 大きな自然災害や事故などの痛ましい出来事はやむことなく続いています。そうした状況に遭遇した際に,人に生まれるストレスには様々なものがあります。身体反応(頭痛、ひどい疲労感、食欲不振、痛みや疼きなど)涙が出る、抑うつ気分、悲嘆不安、恐怖,高い警戒心(「びくっ」とする)不眠、悪夢いらだち、怒り罪悪感、恥(生き残ったこと,助けられなかったことへ)混乱、感情の麻痺、現実感の喪失、呆然,ほんやりしている反応が薄い、まったく話さない見当識障害(自分の名前、自分がどこから来たのか、何が起きたのかわからないなど)自分や子どものケアができない(食べない、飲まない、段取りできない,簡単なことが決められないなど)ストレス反応自体は悪いものではなく,危機に遭遇した際の自然な心の反応です。ただ,その反応は多様である上に個人差が大きいものです。同じ災害を体験しても,人によってその受け止め方やストレス反応は異なることをよく理解する必要があります。2 PFAは誰が行うのか PFAは,被災の中で苦しい思いをしている人たちに行う支援行為であって,専門家だけに限定された手法ではありません。専門的な心理カウンセリングとも異なります。PFAの考え方や手法を知っておくことは,誰にとっても役に立つものです。 なお,被災した人全員にPFAが必要というわけではなく,支援者側からの押し付けはできません。ただ,必要とする人には,適切な関わりができるようにしておきましょう。3 PFAにおける最初の心得 PFAは,災害等で打ちのめされ苦しんでいる人とコミュニケーションをとることを前提とします。時には恐怖におびえ,また,自分を激しく責めるなど混乱した状態の人もいます。そうした状況の人を目の前にしたとき,もっとも大事なことは,被災者のそのままの気持ちを,落ち着いて受け止めることです。否定せずに,まずは,いったん受け止める,それが,最初の支援になることを心得ておきましょう。4 被災体験について話してもらうかどうか 被災体験について,自分から話したい人もいれば,口を開きづらい人もいます。支援側から,話を無理強いしてはいけません。何を話し,何を話さないかは,あくまで本人が決めることです。 以前は,被災者に,被害体験について話してもらうことが心理的ケアになると考えられた時代もありましたが(心理的デブリーフィング),現在では,その有効性はほぼ否定されています。 なお,本人に無理に被災体験を話してもらう必要はありませんが,こちら側は,いつでも話を聴く用意があることを伝えましょう。また,本人の口数が少ない時に,こちらが話し過ぎないようにすることも重要です。むしろ相手の沈黙を受け入れて,一緒に居ること自体を大切にします。5 具体的にどんな言葉をかけたらいい? では,助けを必要とする人に対して,具体的にどんな風にかかわっていけばいいのでしょか。PFAでは,本人の話を聴く際,次のような言動は差し控えるべきとされています。(1) 言っては(しては)いけない言動・無理に話をさせる・話をさえぎったり、急がせる・許可なく体に触れる(たとえ励ますつもりだったとしても)・被災者の振る舞い(しなかったことも含む)や感じていることについて、価値判断をする「そんなふうに思ってはいけません」「助かって良かったじゃないですか」はNG・専門的すぎる言葉を使う・他の被災者から聞いた体験談を話す・自分自身の悩みを話す・誰かについて否定的な言業で話す(「〇さんは頭がどうかしている」「〇さんのやり方がおかしい」等)など(以上WHO版PFA参考)・以下のような言い回し「お気持ちはわかります。」「きっと、これが最善だったのです。」「彼は苦しむ間もなかったでしょう。」「何か他のことについて話しましょう。」「がんばってこれを乗り越えないといけませんよ。」「そのうち楽になりますよ。」「あなたが生きていてよかった。」「これから、あなたが一家を背負っていくんですよ。」(以上米国版PFA参考) 一方,望ましいのは次のような言動です。(2) 言った(した)方がいいこと・話す際には、できるだけ静かな場所で話す・プライバシーを尊重し、相手の秘密を守る・そばにいる(ただし、年齢や性別、文化など状況に応じて適切な距離を保つこと)・話を聞いていることが相手に伝わるように、うなずいたり、相づちを打つ・忍耐強く冷静でいる・何かを伝えるときには相手が理解できるような方法で、簡潔に・本人の気持ちや、話に出てきた事情(家屋の損失、大切な人の死など)をしっかりと受け止める「本当に大変でしたね。どんなにか、おつらいことでしょう」など・相手の強さと、これまでどのようにしてつらさを乗り越えてきたのか、ということをしっかりと認める・沈黙を受け入れる など(WHO版)6 心を落ち着かせる手助けとセルフケア 支援を必要とする人の中には,不安や動揺が強く、時には,手や体の震え、激しい動悸などの身体反応が出ることもあります。また,普段は落ち着いていても,一定の出来事について思い出したり,話しをする際に,こうした反応があらわれることもあります。このようなときに,心身の落ち着きを取り戻す手助けをする方法をあげておきます。・できるだけ穏やかな優しい声で話す・自分が援助のためにいるということを伝える・相手の安心感を取り戻すために,次のような動作(セルフケア)をやってみてもらう 〇床に足をつけてそれを感じてもらう(グラウンディング) 〇指や手のひらで軽く自分の膝をトントンたたいてもらう 〇周囲から、苦痛をもたらさないものを選んで、注意を向けてもらう。何が見える か、聞こえるか、教えてもらう 〇呼吸に注意を集中し、ゆっくり息をするようにすすめる なお,このような方法が誰にでもうまくいくわけではありません。本人の状況を尊重し,押し付けることなく,ゆっくりと試みるようにしましょう。7 支援者も自分のケアを 支援する側に立つということは,時として大きな疲れをもたらすかもしれません。実際,大きな事故や震災によって苦しむ人を支えることは,支援者にも負担をもたらすことであり,その点を,支援する側がよく理解しておく必要があります。 自分が燃え尽きないように,必要な休息はしっかりとり,心身のセルフケアに努め,また,自分の話を誰かに聴いてもらったり,時には,信頼できる人に助けを求めることも大事です。8 支援の心と準備はいつでも始められる 自然災害や事故は人に大きな苦痛や悲しみをもたらします。しかし,残念ながらそれらを完全に無くすことはできません。その時に備えて,できるだけの準備をしておくのが,わたしたちにできる大切なことです。 そして,人の苦しみは,人のかかわりによって緩和したり,癒すことができます。ただ,そのためには,適切なかかわり方をしなければなりません。現実に被害が発生した後に,苦痛を抱える人たちに,どのようにかかわるのか。その時の適切な対応を知ることは,今すぐに始められることです。 また,ここで紹介したPFAの考え方は,普段のコミュニケーションや,当カレッジが行っているコーチングや,弁護士など対人支援職の心得にも通ずるものがあります。相手を尊重し,その力を信頼し,話を遮らず,落ち着いた態度で聴くことなどは,コミュニケーションの基本に忠実なあり方です。また,セルフケアの手法も,疲弊したときはもちろん普段から実践することで,安定した状態を維持しやすくなるでしょう。 PFAの考え方は,支援する側に立つときはもちろん,支援される側になった時にも,きっと役に立つものです。ぜひ,少しずつでも取り入れてみてほしいと思います。 改めて,一日も早く被災地に平穏が戻り,心休まる生活が取り戻されることを願っています。2024.1 中原阿里参考・WHO版サイコロジカル・ファースト・エイド心理的応急措置 日本語訳厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/content/000805675.pdf・ストレス・災害時こころの情報支援センター https://saigai-kokoro.ncnp.go.jp/・米国版サイコロジカル・ファースト・エイド実施の手引き第二版日本語訳 https://www.j-hits.org/document/pfa_spr/page1.html・兵庫県こころのケアセンター https://www.j-hits.org/index.html